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« 「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナールニュース45号を発行 | トップページ | 第9回総会で確認、国に対する要望書を提出 »

2021年6月 4日 (金)

花房俊雄 花房恵美子著『関釜裁判がめざしたもの 韓国のおばあさんたちに寄り添って』(白澤社2021.2.10)~書評会

注・関釜裁判とは、199212月、元従軍慰安婦3人と、元女子勤労挺身隊(略称「挺身隊員」)7人の計10人が原告となり国に公式謝罪と損害賠償を求めて山口地裁下関支部に提訴した。1審「慰安婦」原告のみ勝訴、2審敗訴、2003年最高裁で敗訴が確定したもの。

著者の花房夫妻は福岡市の繁華街でレストランを経営していたが店を閉じて自宅で小さな店を開き、韓国の「慰安婦」と挺身隊員の裁判の支援活動をずっと続けてきた。

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書評会は20215月29日午後東京 福岡 札幌、ソウルを結ぶオンラインで開かれた。参加者は約60人で「途中退出者がほとんどいなかった」(司会者)。私は本書の書評を「慰安婦問題とジェンダー平等ゼミナール・ニュース第45号」(2021.5.20発行)に、短く書いた。それを補充しまた、書評会で出された興味深い議論について書こうと思う。

 

関釜裁判、画期的な1審判決(一九九八年月、近下英明裁判長)

「従軍慰安婦制度」を真正面から批判した

曰く「この『従軍慰安婦制度』が徹底した女性差別、民族差別思想の表れ、女性の人格の尊厳を根底から侵し、民族の誇りを踏みにじるもの、しかも決して過去の問題ではなく現在においても克服すべき根源的人権問題である」そして「植民地、占領地の未成年女子を対象とし、甘言、強圧等により、本人の意思に反し慰安所に連行し、さらに旧慰安所に対する直接的、間接的関与のもと政策的、制度的に旧軍人との性交を強要したものであるからこれが20世紀半ばの文明的水準に照らしても、きわめて反人道的かつ醜悪な行為であったことは明白、少なくとも一流国を標榜する帝国日本がその国家行為に加担すべきものではなかった」

政府と国会に立法を促す

曰く「被告(日本政府)は当然従軍慰安婦制度の存在を知っていたはずであるのに日本国憲法制定後も多年にわたって右作為義務を尽くさず同女らを放置し苦しみを倍加させた」、「遅くとも内閣官房長官談話が出された平成五(一九九三)年八月四日以降の早い段階で先の作為義務は慰安婦原告らの被った損害を回復するための特別賠償立法をなすべき日本国憲法上の義務に転化し…国会に対する立法課題を提起した」、「被告国会議員も、右の談話から右立法義務を立法課題として認識することは容易であったと言えるから、当該立法をしなかったことにつき過失があることは明白」として、原告一人当たりにつき立法の遅れに対する罰金30万円支払いを言い渡す

判決を契機に、野党3党が立法で奮闘

 私は裁判官から「被告」と呼ばれて強い衝撃を受けた。1992年韓国人「慰安婦」の名乗り出以来毎国会で政府を追及してきたにもかかわらず慰安婦の苦しみを放置してきたと裁判官に指摘され、認めざるを得なかった。

私(共産党)は20007月に『従軍慰安婦問題解決促進法案』を発表した。そして民主、社民の他の野党と話し合い1本化して、20013月に「戦時性的強制被害者(「慰安婦」)問題解決促進法案」を参議院に提案した。

私はこの法案を係属させ審議する内閣委員会の理事(4人の1人)だった。自民党理事の奮闘もあり2002年に同法案を2回審議した。当日は委員会に日本のNGO、韓国挺対協からも傍聴に来るなど傍聴席は満員だった。議事録を読み返しても与野党とも真剣そのものの議論を展開している。

翌年もこの法案の審議を求めたが自民、公明両党が拒否し審議未了廃案となる。しかし翌年また法案は提出され、私の在職中7回、退職後も1回提出された。私は強く審議を求めたが自民党は「審議すると採決しなければならない。採決で自民が反対し否決すれば国際的な物笑いになるからできない」と説明した。

国会として『慰安婦』問題にかかわった貴重な機会を与えられたといえるPhoto_20210604165301

(写真・左上 著者の花房俊雄氏と花房恵美子氏、右上 司会の外村大氏、左中 山本晴太弁護士)

 

挺身隊女性工員と、日本軍「慰安婦」の混同

汚れた女そうでない女

許光茂(ホ・ガンモ)さんから質問がでた。「関釜裁判では挺身隊と『慰安婦』の2つを一緒に原告にして裁判をしたのは何故か。挺身隊員は『慰安婦』と間違えられて苦労してきた」と。

挺身隊と「慰安婦」は決定的に違う。片や日本の工場で厳しい労働に従事させられた女工であり、片や日本軍兵への性的サービスを強要された(国連では「性奴隷」と呼ばれる)女性達であるから。女性の貞操が絡むので厄介な問題である

この二つの混同は韓国社会でもなかなかぬぐえないでいる。(今年1月8日のソウル中央地裁の判決文に「慰安婦」被害者が「学校等を通して募集する」と書かれている)。そして一九九〇年代初めに結成された「挺身隊問題対策協議会」(挺対協)が挺身隊問題ではなく、もっぱら「慰安婦」問題に取り組んだことを見てもわかる。

山本晴太弁護士は「原告たちは釜山挺対協から依頼された。提訴の時に勤労挺身隊と「慰安婦」を別にしようという考えはなかった」、花房氏は「第2次不二越訴訟から新たに挺身隊原告になった3人のうち2人は『汚い女』といわれ離婚され、一人は夫と子供から家庭内差別を受けている。この人々が原告になっていることを伝えたい思いで本を書いた」。同じく著者の花房恵美子氏は「10人が原告でよかった。キャラクターが違うので身の処し方が違う(興味深い)」

「書評会」の最後のスピーカーの都築寿美枝さんは、「挺身隊と『慰安婦』の混同について2審の広島高裁を思い出す。挺身隊の原告は(自分は「慰安婦」ではないと)言いたくてたまらなかった。これに対して傍聴に来ていた『慰安婦』の李容沫さんが激怒された」と振り返った。同書に「『慰安婦』と間違われて恥ずかしいと聞いて私は気分が悪かった。慰安婦という名は日本政府がつけた名前で恥かしいのは日本政府であって李容沫は恥ずかしくない」と語り会場は緊張に包まれた」との記述がある。この部分は原告同士の対立に、読者にも緊張が伝わる

 

私が応援できなかった理由

山本晴太弁護士が「名古屋では挺身隊員の裁判をした。挺身隊原告の『あんな女と一緒にされて』云々の発言も出た。(『慰安婦』と挺身隊を一つの裁判にしたのは)今考えると乱暴なやり方ではなかったかと思う」と発言した。

私はかつて名古屋の三菱重工 朝鮮女子挺身隊訴訟の支援団体から協力要請を受けた。「慰安婦」と挺身隊とは別だ、と証明するために生涯をかけている夫婦の著書等いくつか資料を読んだ。中でも、裁判で「女子挺身隊と『慰安婦』は別である」との認定を受けた時には勝利判決を得たように原告同士が抱き合って喜んだ、という記述を読んで挺身隊の女性が「慰安婦」と間違われることにどんなに苦痛を味わっているかを知った。しかし私は『慰安婦』の心情を思うと挺身隊訴訟の応援団に名前を連ねることはできなかった。

韓国社会の、女性の貞操を命よりも大切に考える儒教思想と家父長制(残滓)の下で、日本軍国主義の被害者である女性同士がなお手を取りあえない現状がある。関釜裁判が挺身隊員と「慰安婦」を一緒に原告とした結果、韓国社会の闇の部分へ光を当てた事、また「裁判をする中で『慰安婦』と勤労挺身隊が歩みあえるきっかけになった」(前出・都築寿美枝さん)等の貴重な成果があったと思う。

 

韓国映画『ハーストーリー』の商業主義と、不正確な情報、歴史認識

書評会では日本の植民地時代の行為を誇張し韓国社会に伝える商業主義の一例として、韓国映画『ハーストーリー』(2018年公開?)について議論された。

この映画は「関釜裁判を題材にし実話に基づく映画と銘打っているが弁護士にも、支援する会にも何よりも原告に取材しないで作られている」(韓国映画『ハーストーリー』の制作者に抗議する・関釜裁判を支援する会の抗議文)。

著者は、「不二越(富山県内の企業・戦時中韓国から女子工員を多数受け入れ働かせていた吉川)で働いていた女子勤労挺身隊が韓国での裁判で勝訴しTVに出演して『慰安婦』と挺身隊が違うということが韓国社会でようやく知られるようになった時に『ハーストーリー』が公開された」、「挺身隊の原告が『慰安婦』になる!という衝撃的な裁判として扱われている」

「映画を見て驚愕し、怒りと悲しみを禁じ得ない」、「偏見を増幅させるストーリー」、「監督は被害がひどければひどいほどいいという商業主義」、「絶対にフィクションにしてはならない事実がある」、「原告たちと(日本の)支援者たちの交流や運動は描かれず、映画では当時全くなかった右翼などの嫌がらせや市民の冷ややかな態度をちりばめ、日本社会への反感を煽っている」(「抗議文」)。

映画という大衆文化を通じて必要以上に反日感情が醸成されているとしたら残念である。しかしこうした映画が受け入れられる韓国の土壌を日本人としては目を背けてはならないとおもう。

 

日本軍は「慰安婦」を皆殺しにしたのか

「慰安婦」を主人公にして作られた韓国映画『鬼郷』(2016年公開)、『雪道』(2017年公開)で最後に日本軍により皆殺しにされるシーンがある。こうした歴史認識がつくられた背景に著者は小説『廓』の影響を見る。これは小説であってノンフィクションではないと指摘する。      

 私は中国の南京「利済巷慰安婦資料館」の敷地内にある北朝鮮出身「慰安婦」、朴永心(ぱくえいしん)さんの銅像を思う。彼女は日中戦争中に中国拉孟で日本軍に玉砕の道連れにされそうになり、直前に豪を逃げ出して生還した。前線まで慰安婦を同道した日本軍の身勝手さに怒りを感じる。

他方、ビルマ(現・ミャンマー)で日本軍がイギリス軍に追われて「転進」の際、3カ所の慰安所、料理店で働かされていた日朝の「慰安婦」を伴って野像の出没するジャングルの逃避行する日本軍人の手記(笠置慧著『あゝ策はやて隊』)を読んだ。「慰安婦」の一人は日本まで生還している。朝鮮出身の「慰安婦」を最後に皆殺しにしたとは考えられない。

 

誤った歴史認識を正すために

著者は不正確な情報に基づいて誤った歴史認識が形成されてしまうことに警鐘を鳴らす。

その例として「慰安婦総数が20万人、が韓国では一般社会だけではなく運動体や研究者の間でも共有されている」が、「兵士たちが慰安所に通えたのは月1回かせいぜい2回。また朝鮮出身以外に日本人や占領地の「慰安婦」も多かったことから朝鮮人「慰安婦」の数は2万人前後ではないか、と推測する。

これまで「慰安婦」総数について問題提起すると「被害者の数の多少が問題ではない。たとえ少なくとも許せない数字だ」と怒ったり批判する人がいて冷静な議論ができなかった、という。権威ある運動団体の発言に拝跪する傾向が強く自ら検証することがないのは残念である、とする。

慰安婦総数が20万でなくとも5万でも日本国の犯罪や責任が減少することはない。ただし、事実からあまりにかけ離れた主張は残念ながら歴史修正主義者たちの格好の批判の対象となり、日本国内に嫌韓ナショナリズムが広がる原因になる、という著者の指摘は思い当たる。

 また、事実をあまりにも誇張したり間違った慰安婦歴史認識が国連の、通称「クマラスワミ報告書」を通じて世界に広まっていると指摘する。

これらを正すために、日韓両国の研究者や慰安婦支援運動にかかわった人たちによる共同研究で、丁寧で冷静に慰安婦に関する歴史認識が検討され、両国社会に共有されることの大切さを著者は訴えている

 

著者が期待した「真相究明法案」

著者は、日本がアジア諸国に何を行ったのか、国会図書館に調査局を置いて調査させる法案に期待したが民主政権が短命に終わり果たせなかった、と報告した。 参議院に野党3党による「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」が提出されている同時期、鳩山由紀夫氏が会長となり、田中甲氏が事務局長役で、国会図書館に調査局を設置して1930年~1945年の間日本がアジア諸国で日本が何をしたか調査させるという「国会図書館法改正案」の議論の会合に私も定期的に参加していた。鳩山議員は総理経験者であったが気さくな人柄で熱心に会合に出てきた。法案は衆議院から提出した。『慰安婦』問題ほど対立が激しくなかったので成立の余地はあったと思う。こうした作業が続けられて、正確な数字も明らかになれば戦後責任の取り方もはっきりして国民のコンセンサスも得やすかったと思う。 国会図書館の機能を使って調査すれば、日本の侵略行為を客観的に明らかにできるとの期待を私は持っていた。 

金学順が名乗り出てNGOも活発に動き日本の侵略戦争責任を国民が自覚する機会となり、女性への暴力撤廃の思想が発展した等大きな成果があった。アジア女性基金設立のころは保守層からも広く「慰安婦」問題解決の必要性が認識され著名人の参加もあったが、今は一部の研究者、活動家に担われ日本社会の関心が全体的に弱くなくなって、国会の議論もほぼない状態である。

1990年代に大きく燃え上がった『慰安婦』問題への関心がなぜ、縮小したのか。参議院議員引退後はNGO1員として「慰安婦」問題解決の運動に携わってきた者として自らの運動を検証する必要があることを痛感する。「本書」はその機会を与えてくれた。(終わり)

 

 

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