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2021年3月

2021年3月22日 (月)

『慰安婦』問題とジェンダー平等ゼミナールニュース第44号発行

  当ゼミナールのニュース第44号は2021年3月30日発行しました。3月22日(月)会員への発送を完了しました。

 コロナ禍で昨年に続き集合形式の総会を持てませんので本号に総会議案を掲載して、文書による質問・意見を募っています。

Img_3800

(室内で咲いた胡蝶蘭)         

 内容は以下の通りです

P1

 総会のお知らせと文書による質問意見を募り、回答を次号(5月20日発行)に載せる。

 記事として 組織委員会森会長、女性差別発言で辞任、五輪、パラrんピック開催固執は誰のため、何のため

44p1

 

P2

 政府あてに「要望書」提出へ

当ゼミナールはこれまでも内閣が変わるごとに政府と国会に「要望書」を提出してきた。昨年菅内閣発足のタイミングで政府と国会への意見書を提出する予定。内容は

  Ⅰ「慰安婦」問題について 

  Ⅱ女性への暴力撤廃を国の基本政策に据える事

44p2

P3 

国立・歴史民俗博物館の企画展『性差(ジェンダー)の日本史』の評価と、日本人「慰安婦」に触れない点への注文

44p3

 

P4~P10

2021年度総会議案書(案)

第1号議案 2020年度を振り返って  都道府県別会員数と、2020年度収支報告書

第2号議案 2021年度活動の進め方  2021年度予算案

第3号議案 2021年度役員改選について~「役員名簿」はコロナ禍で十分な話し合いが持てず原則として留任

44p4

P11

 90年も生きた 面白かった!戦った!岡田黎子さんの寄稿

 ~学徒動員だ大久野島に毒ガス製造と風船爆弾政策を強制された少女時代を振り返り「自分は加害者である」と戦争責任に向き合う手記

  著書『90年の旅』(A4版、442ページ、厚さ1.8センチ)を希望者に贈呈する

44p11

P12

 地方議会の動向~地方議会では人権に関する意見書提出が活発化

  埼玉県春日部市議会、性的マイノリティ施策充実を担ぎ 並木としえ・共産党市議

  埼玉県三芳町議会  選択的夫婦別姓議論の促進を   本名洋・共産党町議

44p12

  

 

2021年3月16日 (火)

絵本でたどる VOTES FOR WOMEN (女性に参政権を)

      イギリスの女性は、どのようにして参政権を獲得したか

2018年6月、イギリス女性参政権獲得100年の記念すべき年に私は名古屋の水野磯子さんに誘われてイギリス、マンチェスターに行った。飛行機が嫌い、体力は低下している。でも思い切って参加した結果、イギリスでは「半端でない」女性参政権獲得の運動が展開したことを知った。またマンチェスターはかのエンゲルスが紡績工場の経営に携わり労働者の生活の悲惨な実態を知った町でもある。

 

さて今回、女性参政権運動を紹介した楽しい『絵本』が翻訳されて発売された。イギリス迄は行けない(かた)向きに紹介する。『サフラジェット 平等を求めて戦った女性達』(『絵本』と略)ディビット・ロバーツ著、富原まさ江・訳(2021年1月30日発行合同出版)である。絵がとびきり美しく面白い。登場人物は大半がペチコートにロングドレス、帽子を冠った上流階級、貴族の女性達と彼女たちを弾圧する警察官、刑務所の刑務官や政治家(男性)。大真面目な絵だがどこか漫画チックである。

Photo_20210316105502写真・「サフラジェット―平等を求めて戦った女性達」の表紙・ディビット・ロバーツ 富原まさ江y訳・合同出版

 

20世紀の初めのイギリスでは「家にあるべきものは猫と女と煙突」。多くの人々がこんなふうに思っていた。女性は身体的にも感情面でも知性においても男性に劣ると考えられていたのでそんな女性が投票しても何の足しになるのか?女性に選挙権を与えるという考えには大きな反発を買った。

 

「サフラジスト」と「サフラジェット」

「イギリスでは女性は何百年にもわたって男性と同じ権利を求めて戦ってきた。1867年(日本の明治維新の前年)家を所有するすべての男性に選挙権が与えられ、さらに1884年(明治17年)にはかなり多くの男性に選挙権が与えられたが、労働者とすべての女性は対象外だった。選挙権拡大を求める運動が激化する」(『絵本』)

 

女性参政権獲得の運動の流れは2つある。

 

  「女性参政権協会全国連盟」(NUWSS)=サフラジスト(穏健派)

英語でサフラジーSuffrageは「参政権」を意味するが女性参政権獲得に賛同し運動する人をサフラジスト(Suffragist=参政権拡張論者)と呼ぶ。

最大の女性参政権獲得運動(サフラジスト)の団体、「女性参政権協会全国連盟」(NUWSS)のリーダーの、ミリセント・ギャレット・フォーセットは経済学者で女性の大学就学を支援、ケンブリッジ大学のニューナム・カレッジを設立した。彼女は1897年に(NUWSS)を設立し参政権獲得運動は法律の範囲内で平和的に粘り強く行うことを宣言した。リーフレットの発行、大会の組織や議会のロビー活動等終始平和的活動をつづけた。

1907年2月凍えるような寒さと霧のロンドンで、最初の大規模デモを計画し上品なドレスと美しい帽子をみにつけた女性達が横断幕を手に行進した。40以上の女性団体から3000人の女性が、工場労働者や織物工、看護婦、芸術家、作家、医師たちもデモに参加するリスクを押して行進、選挙権獲得の意思を示した。

彼女の夫、ヘンリー・ホーセットはサフラジストであり、女性の権利獲得のために戦った人物である。また有名な経済学者、ジョン・スチュアート・ミルも議会で女性参政権を与えることを主張した。(『絵本』他)

彼女が平和的な運動を展開してから61年後にようやく男性と同じ条件で女性投票権は実現した。

イギリスの国会議事堂前の広々とした広場に建つ、数ある銅像の中で女性の銅像はただ一つ。女性参政権獲得100年を記念して2018年4月25日に建立されたミリセント・フォーセットの銅像である。ミリセント・ホーセットは「どこでも勇気が勇気を呼ぶ」という横断幕を手にしている。銅像の台座には女性参政権獲得に貢献した女性たちの写真が刻まれ、エメリン・パンクファーストとその娘たちの写真も刻まれている。

 

それにしてもイギリスにおいてさえ国会前広場に立つ女性の銅像はたった一つだけ、しかも21世紀になって初めて建立された、と聞いて、「イギリスよ、おまえもか!」と叫びたくなる心境ではある。

 

   「女性社会政治連合」(WSPU)=サフラジェット(過激派)

 

これに対して、過激な参政権獲得運動を展開して世間の注目を大いに集めたのが、「女性社会政治連合」(WSPU)サフラジェットである。Suffragistに<英語で「小さいもの」を意味する―ette>をつけて「Suffragette=サフラジェット」=取るに足らない存在、ちっぽけな愚かな存在と揶揄された。しかし当のご本人たちがこのネーミングがお気に召して、積極的にサフラジェットを自ら名乗ったという。(『絵本』)

「女性社会政治連合」(WSPU)の設立者、エメリン・パンクファーストはパリに留学したが自分の受けた教育が家の整理整頓など家政術が中心で、科学、数学など将来の仕事に役立つ教科ではないこと、兄弟に比べると水準が高くないことに気づき疑問を持つ。

エメリンは弁護士のリチャード・パンクファーストと結婚、夫も進歩的な考えの持ち主だった。彼女は労働者階級の女性の生活に興味を持ち、1888年マッチ工場の女工のストライキを強く支援する。

エメリン・パンクファーストの銅像は、国会議事堂広場に隣接する広々した公園の一角に建つ。ミリセント・フォーセットの銅像から歩いて数分の場所である。その台座には長女のクリスタベルの写真があるが、次女シルビアの写真はない。母娘は運動に対する考え方が違い生涯たもとを分かった。私たちが訪英した時、彼女の活動の拠点だったマンチェスターの市議会議事堂傍に彼女の2つ目?の銅像が半年後に建つ計画が進んでいた。市議会議員から、片手をあげて未来を指し示すかのごとき像のミニチュアも見せてもらった。

 

    サフラジェットの過激な活動

 

Photo_20210316105501警察官に連行されるサフラジェット

Deeds Not Word (言葉でなく行動を)、(WSPU)を設立したばかりのエメリン・パンクファースト達の考えたスローガンである。イギリスの女性参政権獲得運動といえばサフラジェットを思い浮かべるというくらい、権力と激しくぶつかり、法を犯し、投獄され、時には命を落とす運動を展開した。この『絵本』はサフラジェットの活動について絵と文章で説明する。

 

☆総選挙の時の自由党の集会に潜り込んでエメリン・パンクファーストは「自由党が政権を取り戻したら女性に参政権を与えるか」と質問し係の男性から封じられる。娘のクリスタベルも同じ質問を浴びせ会場は騒然となり屋外の通りに引きずり出された

 

☆ダウニング街(首相官邸のある場所)10番地に到着した2人のサフラジェットが窓に投石してガラスを割る。逮捕され刑務所に2か月放り込まれる。

 

☆アスキス・自由党党首・首相に「女性への投票権を」求め面会を申し込むが拒否される。首相がゴルフを楽しんでいるコースに入りプレイを遮る。怒った首相は、斧を振り回したりしない穏健派(NUWSS)の代表数人と会う。

 

☆ある女性が刑務所でハンガーストライキを思いついて実行し次々続いた。刑務所の責任者たちは息絶え絶えのサフラジェットをどう扱えばいいのかわからず予定より早く釈放するしか手立てはなかった。しかし国王エドワード7世はこの女性達に食事を強制せよと提案してきた。女性たちは看守にベットに手足を縛りつけられてゴムやチューブをのどや鼻に押し込まれ強制的に胃の中にパンや牛乳が注がれた。この恐ろしい拷問で健康を害し、命を縮めた女性もいた。

 

☆大きな家具を積んだトラックが国会の門を通り抜けた。警官たちは気にせずトラックを通した。トラックが敷地内に入るや20人以上のサフラジェットが車の後部から飛び降り建物の入り口めざして走り出した。大半は警官につかまったが2人はその手を逃れ「女性に投票権を」と叫びながら建物内に駆け込んだ。新聞はおもしろがってこれを「トロイの木馬攻撃」と呼んで大々的に報じサフラジェットは大胆な行為によって注目を集めた。

 

☆サフラジェットは自分たちの行動が政府からも世間からも無視されていると感じて、もっと極端な行動に出た。郵便ポストを破壊することで国民と政府を目覚めさしようとした。火炎爆弾で郵便ポストを破壊しようとして逮捕されたり、ポストの中にインクや酸を注いで手紙をダメにした。これを手始めにサフラジェットは物品を対象にした破壊活動をさらに繰り返すことになる。

 

エプソム・ダービーの華やかな競馬場で一人のサフラジェットが、国王ジョージ5世の所有する競馬馬が猛スピードで走ってくる前に身を投じて命を落とした事件もあった。数々の過激な行動にサフラジェットへ共感や同情を寄せていた人々の心も急速にはなれって行った。(『絵本』)

 

サフラジェットが映画『未来を花束にして』になって日本でも上映された。かの有名な女優カトリーヌ・ドヌーブが、「WSPU」会長のエメリン・パンクハースト役を演じた。

 

         突然、運動の終息

1914年8月4日イギリスとドイツの戦争(第1次世界大戦)がはじまり、ほぼ1夜にして女性の選挙権運動全体が一変し、サフラジェットの過激な行動も突然終わりを迎えた。ミリセント・フォーセットも、エメリン・パンクファーストも参戦に賛同した。「もし選挙で動かす国家自体がなくなったら、投票権を求めて戦うことに何の意味があるのか」という理由である。イギリスのほとんどの女性団体は戦争に協力した。兵役拒否の男性を兵役に就かせるという政府の活動にエメリン・パンクファーストは駆り出され積極的に協力した。

戦争が今まで男性が独占していた仕事を、女性が引き受けざるを得なくなって、さまざまな職種に女性が進出した。そして仕事を立派にこなした。

 

               女性参政権獲得!

1918年2月6日女性に投票権を認めたイギリス初の法律「人民代表法」が施行された。

21歳以上のすべての男性への選挙権が与えられた。しかし女性の場合は、30歳以上で自分の家を所有しているか、土地家屋を所有する夫がいること、または大学を卒業しているか年間5ポンド以上の価値のある住居に住んでいる事という条件付きであった。2100万人の女性のうち800万人に与えられたにすぎなかった。女性が完全な選挙権を獲得するのはさらに10年の歳月を要し1928年6月「普通選挙法」を待たねばならなかった。エメリン・パンクファーストはすでに世を去り、ミリセント・フォーセットは81歳で国会に招かれ法律が成立する瞬間に立ち会った。

 

       この絵本を読んで思う事

―日本女性に突き付けられた課題

イギリスに女性選挙権獲得の2つの潮流があって、互いに競いつつ目標めざして戦った輝かしい歴史に向き合うことができる。プロレタリアートの女性達ではなく貴族と上流階級の女性達が運動をけん引した事実。

この絵本は『サフラジェット』の表題であるが、穏健派と過激派の双方の運動を丁寧に紹介している。過激派の運動に対する厳しい世論も記す。

日本の読者もサフラジェットは受け入れられないとする人もいるだろう。日本の戦後の主として学生運動にも過激派はあった。私はトロキストと呼んで彼らを恐れ、行動・思想は今も相いれない。

サフラジェットは日本の「トロキスト」よりもっと過激である。にもかかわらずイギリス国民はサフラジェットを受け入れている、と私は見た。彼女たちは展望を持ってひとすじに、純粋に、身分も地位もかけて戦った。学生を卒業すれば大企業に就職してサラリーマンになった場合とは違う。権力(国王、その意を受けた警察、刑務所)の過酷な弾圧については国民からは厳しい批判の目が向けられていたのか。この本からは読み取れない。

女性の権利獲得にぶつかっていった女性達。翻って敗戦の結果棚ぼた式に参政権を得た日本の女性達。戦前の日本にも参政権獲得の運動はあった、といえるのか。イギリスの比ではないことは確かである。

日本の女性国会議員は衆議院9%、参議院22%で国際的にかなり低い。毎年数字を見ているだけではなく、改善のために立ち上がらねばならない。どのようにしてか?重い課題を突きつける『絵本』である。(吉川春子記)

 

初めに書いたイギリスへの旅行の事はこのブログに4回(2018年6月23日、同6月28日、同7月1日)にわたって書いているのでご参照を乞う。

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