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2017年12月

2017年12月 6日 (水)

日本・キューバ合作映画『エルネスト』

 

 

      ボリビア山中に散る若き命

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(写真・映画「エルネスト」のジャケット)

48年ぶりの日本・キューバ合作映画、坂本順治監督。この映画はオダギリジョーの演じる、日系人青年、実在のフレディ前村の物語である。

キューバ革命の英雄、余りにも有名なチェ・ゲバラと共にボリビア戦線に身を投じたフィレディ前村という若き日系ボリビア人がいた。“エルネスト”はゲバラから授けられた前村のファーストネームである。

 

     革命ではなく、医師を輸出したキューバ

 

フレディ・前村・ウルタード(19411967)は日系ボリビア人。鹿児島県出身、日本移民前村純吉とボリビア女性ロサウルタードの2男として生まれる。ボリビア共産党青年部所属。父親死去のため首都ラバスに引っ越し医師を目指す。しかし共産党青年部に所属していたこと等から医学部への門戸は閉ざされた彼に希望の扉を開いたのが、革命後3年しかたっていなかった社会主義国家キューバである。彼はハバナ大学の入学の前に、キューバのフィデルカストロが設立したヒロン浜勝利基礎・前臨床化学学校で予科過程を学ぶことになる。

 

キューバは1960年代初めから今日まで諸外国、主としてアジア、アフリカの開発途上国出身の若者に無償の奨学金を与え、多数の若者を向かい入れ、医学を学ばせ医者を大量に養成したことは有名である。超大国アメリカの経済封鎖に会いながらどうやって経済的にそれが可能になったか不思議なくらい、多くの医師を育て送り出している。

映画の中でも留学生たちのこざっぱりした寮生活の様子、死体への尊厳を踏まえた解剖の実習など医学講義、そしてゲバラや、カストロも大学を訪れ学生たちと「いかに生きるか」等親しく会話する様子が映し出される。

 

フレディ・前村がひそかに思いを寄せる女子学生が、彼の友人に妊娠させられる。そして彼は「自信がない」と言って卑怯にも女性から逃げる。彼女は子どもを産み学業を続けながら一人で赤ん坊を育てることになる。その時彼女は今までの寮を出て、家族で住める広い部屋が与えられ引っ越しする。子どもは保育所に入る。そうしたことをキューバ政府が保証している様子がさりげなく、映画に描かれている。

 

    ゲバラ…医師であり革命家に共通するもの

 

アルゼンチン人のチェ・ゲバラ(19281967)は2歳で小児喘息にかり生涯この病気に苦しむことになる。彼は様々な病気に苦しむ人を救おうと医者になる決意をする。ブエノスアイレス大学医学部生だった1952年、彼は南米を旅行し先住民、農民、鉱山労働者ら無数の人々が極貧の底で苦悩する現実を見て富裕層の白人のゲバラは衝撃を受ける。隣国ボリビアは19524月に鉱山労働者革命を経験していた。

53726日、キューバでは若き弁護士フィデルと弟ラウール(現国家協議会議長)のカストロ兄弟が革命の狼煙を上げるが失敗する。当時ボリビアにいたゲバラは2年後、フィデル・カストロに会い、その革命思想に共鳴する。

そしてゲバラは13年後、新しい革命を起こすためにフレディ・前村とともにボリビアにわたることになる。

 

 

    チェ・ゲバラと広島

 

映画のシーンは、革命直後のキューバから日本への特使として派遣されたチェ・ゲバラが広島の原爆公園を訪問するところから始まる。キューバ革命の立役者が日本に来ていたことさえ知らなかった私はまずこの設定にびっくりした。

映画は中国新聞社の記者の取材等、ゲバラの広島滞在の部分は日本語で、この後は総てスペイン語で、という作りになっていて、主演のオダギリジョーのセリフは見事なスペイン語である(と、言っても私はスペイン語はできない)。

 

「安らかにお眠り下さい。過ちは繰り返しませんから」という原爆ドームの原爆死没者慰霊碑」の碑文について「この主語は誰だ?」と問い、資料館を見て「君たちはアメリカにこんなひどい目にあわされて、どうして怒らないんだ」と述べるゲバラの言葉が印象的だ。

ゲバラはこのときのことを「平和のために断固戦うにはこの地を訪れるのがいい」と妻に書き送ったはがきもキューバで見つかっている。彼が撮影した原爆公園の写真(ゲバラは写真の腕もよかった!)とともに没後50年を記念して「広島・キューバ展」で公開された。(201792日毎日新聞)

ゲバラが広島を見学し原爆の恐ろしさを実感したこのシーンによって、私がはるか遠い南米の国キューバやボリビアの物語にぐいぐい引き込まれたのかもしれない。

 

 

      懐かしくも遠い青春

 

フレディ前村と私は同世代。南米大陸西海岸のボリビアと日本と離れてはいるが、同時期に青春を送った。前村はゲバラ率いる「ボリビア民族解放軍」兵士として19678月にとらえられ処刑され、ゲバラも同年10月に処刑されている。

米政府は「ラテンアメリカで第2のキューバは許さない」という方針で、ボリビア政府軍を指揮してゲリラ部隊を破った(伊高浩昭「なけなしの命を捧げたフレディとゲバラ―映画『エルネスト』の時代と背景」)。アメリカは革命へ干渉し有能な2人の若者を葬り去り、国家の民主化を遅らせた。医者となり、兵士となってひたすら祖国の解放の夢に向かっていった日系ボリビア人・前村の青春がまぶしい。

同じ時期、日本は60年安保の高揚が収まりかけ高度経済成長時代に入ろうとしていたが、私自身は人生の目標が定まっていたわけではない。あの当時の自分の思い、現代の若者たちの熱い情熱は何処に向かうのか、考えさせられる映画である。

 

NHKニュースによると、80年前にかかれた「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)がマンガとなって70万部も売れているという。生き方を模索することは時代を問わない。如何に生き如何に死すか.戦争が迫り来る時代に生きた昭和初期の知性は現代人にそうしたヒントを与えてくれるかもしれない。

(写真下・吉野源三郎著」「君たちはどう生きるか」がマンガ化されて、現代人に呼びかける)

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(写真上・参議院議員会館、12月は日暮れが早いまだ5時なのに。日本の針路を握る国会)

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