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2017年7月 2日 (日)

語り始めた、性暴力の被害女性達

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(写真は東京明治神宮の菖蒲園の睡蓮2017.6.26撮影)

今日は都議選の投票日で深夜には大勢が判明する。願わくは、安倍一族の凋落のスタートの日とならんことを!今回の候補者も女性が目立つ。しかし女性の人権が政策の争点になることもないし、唯一の女性候補をうたい文句にはしても、女性政策を全く語らない候補もいる。しかし政治家とは有権者が興味を示さない事には言及しない質なので有権者の方に問題がある…と言えなくもない。(これは政治家に対する甘い見方?)

 ところで日本社会も変わりつつあると感じた事例を2つ記す。

 

その1:「性暴力禁止法をつくろうネットワークシンポジューム」(71日、文京区男女平等センター)

 

テーマは“子どもへの性虐待と刑法改正―これでいいのか?今後の課題”である。今年の通常国会で「刑法の一部改正する法律」が成立し、強姦罪の法定刑の引き上げと非親告罪化、監護者わいせつ罪および監護者性交罪の新設等、110年ぶりの刑法改正が行われた意味と問題点を明らかにするものである。共謀罪審議を優先させられ、通常国会最終日にようやく改正刑法が成立した。

パネリストは3人で、

東小雪さん(LGBTアクティビスト)、

周藤由美子(今日と性暴力被害者ワンストップ相談支援センター)、

谷田川智恵(ジェンダー法研究者)

コーディネーターは戒能民江・同ネットワーク共同代表、元お茶の水大学教授であった。

 

  3才から父親の性暴力にさらされ

 

私が一番印象に残ったのは東小雪さんの発言である。彼女は1985年生まれ、元タカラジェンヌ、同性愛者で、渋谷区同性パートナーシップ証明第1号取得者である。

彼女は父と入浴することが好きだった。しかし3才から風呂場で父親から性的暴力を受けた。それが性暴力だとわかったのはずっと後だが何か変な感じと思い母親に「父親にそうしたことを止めてほしい」と頼んだが母親は無言で、自分は言ってはいけない事を云ったと感じ以後一切言わなかった。小学1年生から祖母が同居し世間的には幸せな一家に映った。小学3年から被害は深刻になった。排泄障害になり児童相談所に父母に連れられて行ったこともある。初潮が来た時、母親が「お父さんとお風呂に入るのは止めなさい」と言ってそれで被害は終わった。

しかし、被害はおわってもその後の苦しみが大変だった、と東さんは語った。うつ病になりこれを乗り越えるのが大変だった。うつ病の大量の薬飲んだ。PTSDとは気が付かなかった。生きる力を取り戻したのはごく最近の事だという。

今、こうした声を上げる当事者が増えているのに勇気づけられるという。東さんは「父親は犯罪者だ」と明確に言った。父親は2008年にがんで死んだ。母親は存命だが、「私の告白」(東さんの著書)を送ったが一切連絡がない、という。同性の母親が娘の苦しみに寄り添えない悲しさ、これが日本の現実なのだろうか。

 

「監護者強制性交罪」(179条関係)とは

 

今回の刑法改正では、18歳未満の者に対しその者を厳に監護する影響力があることに乗じて猥褻な行為または性交等をした売位について、強制わいせつ罪または強制性宏哉と同様に処罰する規定が設けられた。監護者とは父親はもちろんだが、祖父、兄、叔父等が当たる場合もあるであろう。

監護者の性暴力に苦しむ女性,幼児、少女は相当数いる。或は東さんのように幼いので気が付かないで後で後遺症に苦しむ場合も多いと思われる。

この点で思い起こすのはかつて、父親から強姦され続け、5人の子を産まされ、思い余って父親を殺害して尊属殺(刑法200条、1995年廃止)に問われた事件があった。(この時も母親は無力だった)。性暴力の父親を思い余って殺しても尊属殺で立件されるという日本の刑法の後進性と、女性差別社会のやりきれない事件は、さすがに頭の古い最高裁もこの父親について、「直系尊属に当たらない」との判決を下した(1973年)。

あれから44年後、やっとこうした父親を犯罪人とする法律が制定されたわけである。国際社会から指摘され続けながら亀のように遅い足取りではあるが女性の人権を守る立法が行われた。

しかし、この179条は多くの問題点がある。この集会で、3年後の改正に向けてNGOは一層頑張ろうという意思が確認された。

 

その2 満蒙開拓団、引き上げの悲劇、ソ連兵への「性接待」

 

日本は戦前、旧満州国(現中国東北部)として傀儡政権を作り事実上植民地政策を行っていた。満州へ国策として送り出された各県の27万人の農民は侵略政策の片棒を担がされた。19458月、日本の敗戦で逃避行中ソ連兵や中国人の襲撃や寒さで約8万人が死亡する等大勢の犠牲者を出した。

東京新聞72日付「こちら特捜部」によると、犠牲はそれだけではなく、そこには敗戦直後開拓団を守るためとしてソ連兵に対しる性接待を強いられた若い女性達がいた。満蒙開拓団員だった東京で暮らす89歳の女性は二年前からつらい記憶を綴り始めた。彼女は岐阜県黒川村(現白川町)の「黒川開拓団の一員として満州に渡り中国吉林省陶頼昭に入植、600人は敗戦後、極貧、食糧不足、チフスなどで3分の1が死亡した」。

敗戦後1週間で進駐してきたソ連軍の襲撃に団員は怯えた。当時17歳の女性は開拓団幹部からソ連兵への「性接待」を強いられた。1620歳くらいの未婚の女性15人が集められた。開拓団の共有施設の一室にはずらりと布団が並べられていた。仕切りも何もない。交替でソ連兵の相手をさせられ、ソ連兵が駐留した11月まで続いた。女性達は性病やチフスへの感染を防ぐため医務室で洗浄を受けた。それでも感染した。4人が亡くなった。

日本に引き上げた後も恐怖は焼き付いていた。…東京で家庭を築いたが「性接待」について夫にも死別するまで一言も話さず子どもたちにも言っていない。

 

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(写真・明治神宮菖蒲園、雨不足で池が乾いている)

  「団の恥」という意識

 

「当時10歳だった安江菊美さん(82才)は「私たちを助けて下さった方々の事を忘れることはできない」と話す。しかし感謝の念を持つ人だけではない。引き上げ後団員の間で被害に会った女性が中傷されたという話がある。

「旧満州・黒川分村遺族会」は81年、「性接待」の犠牲になって亡くなった女性達を慰霊する「乙女の碑」を地元神社に建立した。この碑の由来を知る人は多くない。引き上げ後遺族会による慰霊祭が開かれてきた。しかし「性接待」が公に語られることはなく開拓団の記録文章にもそれに触れるような記述はない」(「こちら特捜部」)

私自身、満蒙開拓団や「中国残留女性」問題に取り組む過程で、開拓団の手記は数多く読んでいるが内容は開拓団の被害が圧倒的に多く、他方、中国に対する加害についてはあまり語られていない。「性接待」については皆無である。

しかし満蒙開拓団を引き揚げの悲劇としてのみ語り継いでゆくことは、侵略戦争を二度と繰り返さない、また女性への性暴力をなくすために、歴史に向き合う姿勢とは異質のものではないか。

戦後72年を経て満蒙開拓団の語りにも変化を見ることができる。一人の女性は「このような不潔なことは表に出してはいけないと思ってきた。でも次第に戦争なんてやるべきではないという声を上げなきゃ、という責務というか気持ちが起きてきた」と語る。また、件の89歳の女性は「遺言のつもり」と3時間も語り続けたという。ノートには『70年過ぎても、消すことのできない事実 軍国主義絶対反対』との一文が書き留められている(「同上」)

 

日本人「慰安婦」の沈黙が破られる日

 

 日本人「慰安婦」が名乗り出られない社会は健全とは言えない。性被害に会った女性が沈黙を強いられ、強姦犯人も、「慰安所」設置の政治家・軍人も加害者が大きな顔で闊歩する。このような不合理がまかり通ってはならない。被害者が堂々と被害の実態を語り、加害者には社会的制裁・罰則を、社会的制裁を科す、こうした常識がまかり通る社会にしたい。私は徐々に女性の意識は高まっていることに期待を持つ。(吉川春子記)

 

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コメント

7月23日愛知母親大会の慰安婦問題の分科会でこの記事を一部紹介させて頂きました。ありがとうございました。

NHKの放送を見て、初めてそのような事実知りました。
生逃れるためとはいえ、本当に辛いことです。
しかも、そのことを皆口をつぐんでしまい、ソ連軍人や中国人、団員幹部がひたすら隠すのは本当にひどい。
もちろん個人名は控えてですが、そういった事実は明らかにすべき。
某国のように謝罪とか外交カードというものではなくて、戦争や開拓(悪い言い方をすれば他国への侵攻)には弱い者への暴力がつきものだと認識し反省しなければならないと思います。

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