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2017年4月 9日 (日)

第5回「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナール総会開く

 

当ゼミナール第5回総会が2017年4月2日(日)3時より東京都文京区民センター2階会議室で行われた。

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(六義園の枝垂桜はまだ5分咲き、2017年3月31日撮影)

   活動方針の承認

20151228日の日韓合意を経て日本の「慰安婦」問題に関する運動が一部混乱・停滞とも取れる局面の中、運動方針案は当ゼミナールとしては異例の1月の合宿を行って詳しく議論した結果、決められた(当ゼミナール第27号・2017年2月20日付に掲載)。総会でこれを報告し討論の結果、承認された。主な内容は「朝鮮半島のみならず、すべての国の『慰安婦』を視野に問題の解決を目指す」「『河野官房長官談話』の実施を政府に求めてゆく」「他団体との共同行動を行う」「会員の力を結集して地域でミニ集会を行う」「日本人『慰安婦』の調査を引き続き行う」というものである。

  財政報告と、規約改正

財政報告は財政担当原氏より、➀2016年度より会議参加の若干の補助金支給を開始した、➁2017年度の会員数はくしくも2016年度当初と同数である。2016年度は大口カンパのあったおかげで黒字を維持しているが、毎年、会費未払い、死去、転居先不明で一定の会員数の減が見込まれるので会員拡大は喫緊の課題であるとの報告があった。会計監事の池田氏からは「領収書等段ボール1杯膨大な資料を点検したが実に几帳面に正確に処理されている」との監査報告があり、財政報告は総会で承認された。

 

規約改正は大森副代表が行い、事務局会議とスタッフ会議を会編・廃止し、月1回定例化される常任運営委員会が当面の活動を執行すること等の内容を承認した。

 

 役員氏名をブログに掲載しない理由

役員選考の結果、運営委員22名(新人9名)、その中、常任運営委員11名(新人1名)、監事2名(新人1名)が選出された。氏名はニュース第28号(520日発行)に掲載する。米映画『スノーデン』に見るように権力はあらゆる個人情報を集め、監視社会が進行している。国会では共謀罪の審議が始まっている。日本は国民の抵抗力の点からは米国以上に危険の状態にあるともいえる。インターネットに個人名は極力掲載しない事とする。

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(パワーポイントを使って講演する馬先生)

 

 馬暁華先生の記念講演

~中国、アメリカ、日本の博物館比較

総会に先立ち13時から、馬暁華・大阪教育大学准教授による記念講演が行われた。テーマは「博物館の中の戦争 被害と加害を後世にどう引き継ぐか」である。ゼミナールのテーマとして博物館を選んだのは初めてである。理由の1は、「慰安婦」とされた女性達が高齢化し或は亡くなり直接被害者の証言を聞く機会は少なくなるだろう。彼女たちの体験をどう後世に伝えるか、教科書で子どもたちに教える事とともに社会教育の場として博物館の役割は大きくなる、との思がある。その2は、立教大学で数年前、博物館についてのシンポジュームがあり馬暁華先生が、中国、アメリカ、日本の博物館に足を運び綿密に比較調査している内容に非常に学んだからである。

 

 日中関係の蜜月時代、博物館はなかった

 ~戦争責任は日本の軍国主義者、国民に罪はない

馬先生は戦中、戦後の日中関係、共産党政権樹立等の歴史をたどりながら、その中に博物館を位置づける。1973年の平頂山殉難同胞記念碑が建立されたが、中国には1980年代以前には博物館はなかった。1980年代は博物館に於いて共産党政権の正当性を主張し、1990年代以降は大国主義教育の場として博物館を利用してきたと指摘する。

 

1970年~80年、中国政府は日本に対する戦争賠償の放棄を行った。戦争責任があるのは日本の一部の軍国主義者の指導者であると中国国民を教育した。

 

しかし、教科書問題を契機に日中関係の再編が起こり、抗日戦争に関わった戦争体験者の生きている時代に、1985815日、日本軍南京大虐殺「避難同胞博物館」が建てられた。731部隊、「万人坑遺跡」を残す等中国人民の受難の歴史が語られた。

 

馬先生の語ることを日本人は知っているのか?

即ち「撫順戦犯管理記念館」(1986年)にみられるように、中国は寛大な対日政策を強調し戦後の日中関係と和解への模索が行われた。日本人はサンフランシスコ条約は寛大だと受け止めているが、BC級裁判で中国は死刑ゼロ、懲役刑もゼロで、連合国のどの裁判より寛大であった(一番被害を受けているのに―吉川注)。」

 

中国の戦争観変容の引き金は「教科書問題」

 ~加害意識なき日本人、戦争なき戦争博物館

しかし1990年代以降中国の戦争観の変容があった。1997918日の歴史博物館には「国辱」という文字があるという。そして、今日の日中関係、両国人民の意識は私が触れるまでもないだろう。

また、馬先生は「日本人の戦争の記憶には被害のみしかなく加害はない」と指摘する。

典型は靖国神社の遊就館とその向かいにある昭和館であろう。遊就館については触れたくもない程ひどい「歴史博物館」(これは「博物館」と呼ぶにふさわしくない)である。

また「昭和館」は税金で運営されている政府機関である。馬先生は「戦争なき戦争博物館」と痛烈に指摘する。「戦争中の国民の苦労だけを扱っている」と。中国人から見た日本の博物館について厳しい目が光る。

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(講演する馬暁華先生)

  冷戦終結と国際情勢の激変が戦争展示にも影響

 ソ連崩壊後、「慰安婦」問題で歴史問題が再燃した。戦争責任論、戦争加害が問題となる。

馬先生は、「ピース大阪」、「立命館大学国際平和ミュージアム」 、「女たちの戦争と平和記念館」「岡まさはる記念長崎平和資料館」等について語る。

他方日本と中国の国民感情悪化し、中国で反日デモが起きる。かつての戦争について、日本は消してゆき、中国は強調してゆくというその典型が南京大虐殺であると指摘、日中における戦争観の相克を指摘、その結果ギャップの拡大になる。

  戦争をどのように展示するか。加害と被害をどう展示するか、被害を見るか、加害を見るかと問いかける。

 

以上、私の感想を交えて紹介したが、講演内容はニュース第28号でテープ起こしして掲載する予定である。

そして当ゼミナールは10月に行う中国の南京、上海のフィールドワークで引き続きこの問題を考えることとなる(吉川春子記)

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