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2017年2月 8日 (水)

映画「未来を花束にして」

  夫と子どもを失った、「サフラジェット」(女性参政権獲得運動家)

Photo 

(写真中央・モード演じるキャリーマリガン、右はWSPU指導者・エメリン・バンクハーストを演じるメリル・ストリーブ~映画のジャケットから)

 

映画の原題は「サフラジェット」(監督・サラ・ガヴロン、主演キャリー・マリガン)=戦闘的な活動をする女性参政権運動家のことをいう。

舞台は1913年。日本で大逆事件(1910年)が起きた頃。イギリスでは19世紀後半に始まり50年続いた平和的な女性運動が実を結ばず、女性参政権獲得運動がついに1912年、過激な戦略「言葉より行動を」の運動に移行していった。

 

母であり妻であるモードは劣悪な労働環境の洗濯工場で働く労働者でもある。傍聴のつもりで下院(日本の衆議院)の公聴会に行くが、夫に殴られて傷だらけになった活動家に代わって、急きょ、証言することになってしまった。委員長の質問に彼女は答える。

 7歳でパートとして、12歳から社員です。17歳で班長、20歳で職場主任となって―今、24歳です。洗濯女は短命です。体が痛み、咳がひどく、指は曲がり、脚は潰瘍にヤケド、ガスで頭痛持ち」

 「賃金は?」―「週13シリングです。男は19シリングで、労働時間は(女性労働者より)3割短い。それに配達中心で外に行ける」

「あなたにとって選挙権とは?」―「ないと思っていたので意見もありま

せん」

「ではなぜ、ここに?」

―――「もしかしたら…他の生き方が…あるのではと…」

 

 たどたどしいが真剣なモードの証言は、公聴会の会場を埋めた男たち(男ばっかり!)のあいだに軽いどよめきが起こるほど感動的なものだった。 

Photo_2

(写真・モードの一家。下院での証言に怒った夫(左)はモードを家から追い出し、息子を養子に出してしまう)

   女性達は過激な行動に移った

 モードは証言をしたことで夫に家から追い出され、子どもにも会えなくなる。子の親権も男性(父親)にのみ与えられていて母親にはないのだ。同じ職場の男女労働者からも非難され、工場主から解雇されてしまう。

公聴会まで開いたのに法案についての議会の結論は「女性に参政権を与える必要はない。法改正は拒否する」というものだった。

官憲の弾圧、「警察のスパイになれば罪に問わない」という誘惑等々…モードは困難な中で労働者として多くを学んだ。失うものが何もなくなった彼女は仲間と共にポストの郵便物や家屋への放火、商店の窓ガラスの大規模な破壊、美術館の絵を切り裂くなど「サフラジェット」(女性参政権獲得運動家)として過激な行動に参加する。

 

実在した「サフラジェット」の理論的リーダーである、富裕層のエメリン・パンクハースト夫人は、夫亡き後1903年マンチェスターで女性社会政治同盟(WSPU)を設立し、最盛期には2000名のメンバーがいたといわれる。自由党政府が女性参政権法の成立を様々な手段で妨害するたびに過激な行動を取り入れていった。この映画の主人公・モードのような労働者だけでなく、薬剤師、柔術講師など中流階級の女性達をもこの運動は取り込んでいった。

イギリスでは19世紀から穏健な女性参政権獲得運動団体も存在したが、過激な彼女たちの行動は世間の目を引き注目された(佐藤・麗澤大学准教授 「未来を花束にして」プログラム)。

この映画のクライマックスは、戦いを世界に知らせるためにダービー会場での国王への直訴の計画実行……時には命を賭しての闘いの結果、女性達は権利を獲得したのだ。

 

1918年、国民代表法で戸主または戸主の妻の女性達に参政権が与えられた

1925年 女性(母親)へも親権が付与された

1928年男女平等の普通選挙権が成立した

 

  映画の面白さ

当時の工場の機械、イギリスの街の風景、上流階級の集まるダービー会場の華々しい美しさ…等映像は懐かしく興味深い。

警察の弾圧、刑務所内で絶食して自死を図る囚人、それを阻止するため無理やりチューブを口に押し込んで食事を流し込むシーン等、洋の東西を問わない残酷な官憲の姿の場面もある。

他方、陰険で残酷・野蛮な戦前の日本の特高警察と比較して紳士的!?にさえ見える場面もあった。逮捕状を示しての逮捕、その場合名前を呼び捨てにしないで「○〇さん」と呼びかけるとか。中でもモードの証言に議員達が耳を傾ける公聴会のシーンは圧巻である。戦前の日本ではありえない立法システムである。

イギリスでも日本でも女性達の参政権獲得の厳しい運動があって、今日の普通選挙権があることを知る映画である。

 

    気になる事

映画の最後に、女性への参政権が与えられた国名と年号の文字が次々に流れる。

1983年ニュージーランド

1902年オーストラリア

1913年ノルウエ―

1917年ロシア

1918年オーストリア、ドイツ、ポーランド(もちろんイギリス)

1920年アメリカ合衆国

1932年ブラジル

1934年トルコ

1944年フランス

1945年イタリア

1949年中国、インド

……

2003年カタール

2015年サウジアラビア

このように、世界各国の国名と女性参政権獲得の年号とが次々出るが、日本は出てこない。この映画監督は日本の参政権獲得について無関心であったのか。理由は何なのか?そこが知りたい。(吉川記)

 

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