フォト

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »

2016年8月

2016年8月26日 (金)

「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナールニュース24号

 当ゼミナールのニュースは年4回発行して会員の皆さまに郵送しています。今回第24号(全8ページ、5月25日発行)を第1ページのみ掲載します。写真の容量が約10メガあり、全8ページの掲載はできません。第1ページの掲載にとどめます。また、掲載部分も画面が小さく見にくいのですが、ブログの限界と、お許しください。
 なお、ニュースの第25号は9月初旬にお届けします。特別寄稿、「佐賀県にもいた、『従軍慰安婦』(関家さよ子)、各地の動き~青森県母親大会、埼玉と愛知の「平和のための戦争展」、杉井静子弁護士の講演「憲法24条の改憲は日本をどこに導くか」(講演要旨)等々の記事満載です。ご期待ください。

J24

2016年8月 3日 (水)

映画・「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」監督・ジェイ・ローチ

     勇気が心にみなぎった

 

「ローマの休日」を生み出した、脚本家の真実の物語 心揺さぶる今年1番のエンターテーメント!――夕刊紙の派手な広告につられて、「ローマの休日」が大好きな私はこの映画を見た。

 

「“永遠の妖精”オードリーヘップバーンの可憐な美しさと共に語り継がれる『ローマの休日』は恋愛映画の不朽の名作として世界中で愛されているが、誰がこの映画を思いつき脚本を書いたのか気に留める人はほとんどいない。本篇にクレジットされている脚本家イアン・マクレランハンターはアカデミー賞の原案賞に輝いたが、真の作者はハンターの友人のダルトン・トランボだった」(「映画のプログラム」より)。トランボこそ、この映画の主人公である。

 

看板に偽りはなかった。しっかり楽しめた。参議院選挙と、とりわけ東京都知事選の結果にがっかりしていた私の心は元気を取戻した。ハリウッド映画好きはこの映画を見るべし、そして、共産主義者(いまどき日本には共産主義者は少なくなったが…)は必見の映画である。

 

映画の背景は1950年代米ソ冷戦、そして朝鮮戦争の時期の狂気のアメリカ(今、そうではないと言えるか?)。マッカーシー旋風(「赤狩り」)が吹きまくり、反共主義による政治活動、社会運動が起きた。アメリカのウィスコンシン州選出の上院議員マッカーシーが調査委員会を組織し、次々告発を行い、民主党トルーマン政権も積極的に共産主義者の弾圧を実行、「忠誠」審査を強行し212人が解雇され、2000人以上の離職者を出した。一方FBIも共産党員のローゼンバーグ夫妻をソ連のスパイとして告発、助命嘆願が世界中から寄せられる中真相究明されないうちに、死刑に処せられた。マッカーシーズムの追及はマスコミ、映画産業の聖地ハリウッドに及んだ。かのチャップリンもハリウッドを去った。

 

「国家権力が共産主義者を排除する名目で映画人にいわれなき疑いをかけ、彼らのキャリアと人生そのものを破滅に追いやった」。権力だけでなく俳優のジョン・ウェインやロナルド・レーガン(後の大統領)も赤狩りに加担した。しかし、カーク・ダグラスは「赤狩り」反対の側に立った。

中でも最初に標的になった10人の監督や脚本家は“ハリウッド・テン”と呼ばれ、そのうち最も有名なのがこの映画の主人公ダルトン・トランボである。彼は

「若かりし頃共産主義者であったが過激な思想を持たない家庭人であり社会の不平等を憎む愛国者でもあった」。(「ジャケット」)

 

彼が優しい家庭人であることを示すシーンがある。

幼い娘の質問に答える。

お父さんは共産主義者なの

そうだ

お母さんは?

違う

私は?

テストしてみよう。学校でお弁当を持って来れない子がいた時はどうする?

シェアする

働けと言わないのか?

言わない

金を貸さないのか

しない

じゃあ、君は共産主義者だ

 

彼は父親の他界によって大学を退学、21歳で家族を養う事になった。こうした経歴から彼は生涯にわたり、労働者に共感を持ち続け、階級や特権が存在する不公平を深く理解していた。

「赤狩り」で映画界を追放され投獄、出所後も偽名で脚本を書き続け売り込み、業界を生き抜いてゆく様子を映画は描いている。

彼が本名を出さずにアカデミー賞を取ってしまった「ローマの休日」(1953年)、「黒い雄牛」(1956年)。節を曲げずに「赤狩り」とたたかいぬいて、「栄光への脱出」、「ジョニーは戦場へ行った」、「スパルタカス」、「いそしぎ」…数々の力作を生み出してゆく。そんなに映画を見ているわけではない私も注目してきた傑作が、彼の生み出した作品だったことに驚く。

「ローマの休日」のオスカーがトランボ本人に渡されたのは、彼がなくなる前年であった。「トランボ」の映画終了後の字幕が延々と流される途中でトランボ自身のインタビュー映像が挿入されていた。「このオスカーは、3歳から13歳まで父親への世間の攻撃に一緒に耐えた我が娘に贈りたい」と語る。また、「黒い雄牛」のオスカーは彼の死後20余年後、彼の妻に渡された、という事である。


 レッドパージは日本でも

アジア太平洋戦争終結後、日本は民主化が行われ獄中に囚われていた共産党幹部が出獄し、非合法だった共産党が合法化され、公然と活動を始めた。普通選挙の施行により共産党の国会議員も一定数当選してきた。戦争に反対して「治安維持法」の弾圧に耐えて不屈に戦い抜いた共産党への世論の支持も当然高まった。

こうしたことに日米の権力者が恐れを感じたことは不思議ではない。ソ連との冷戦の下、アメリカの占領政策、特に共産党に対する政策の変更がなされた。その結果、日本で共産党員とその支持者の職場からの追放がはじまった。共産主義者並びにその協力者とみなされた公務員、民間労働者があらゆる職場から追放され、多くの人々が人生を狂わされた。思想信条による差別を禁じる憲法の下で、GHQと日本政府の合作でレッドパージが猛威をふるった。

Photo

映画「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」ジャケット

 

それから半世紀近い歳月を経てなお、レッドパージの検証、責任追及は全く不十分である。裁判でもほとんど闘われていない。

日本版「赤狩り」を俯瞰する映画が日本の監督によって撮れる日は来るのか。それとも、「トランボ」はハリウッドならではの映画なのか。(吉川春子記)

2016年8月 1日 (月)

なぜいま、憲法24条を変える必要があるのか、第21回ゼミ開く

Photo  

(講演する杉井弁護士)

2016774

(会場風景)

724日東京・文京シビックセンターで、「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナールが行われました。講師の杉井静子弁護士(ひめしゃら法律事務所所長)が「憲法24条(個人の尊厳と両性の本質的平等)の改憲は、日本をどこに導くか」と題して講演し、42名が参加しました。

参議院議席、改憲勢力が3分の2占める

参議院選挙で自民党は憲法「改正」を選挙の争点からかくして選挙を戦いながら、選挙後改憲勢力が議席の3分の2を獲得した途端に(卑怯にも!)、安倍総理は自分の任期中に改憲を行うと言い出しています。何故24条なのでしょうか? 安倍総理を支援する反動勢力「日本会議」が、憲法24条の「改正」を前面に据えているのです。

 24条は女性解放を実現

杉井弁護士は、現行憲法24条の性格は、戦前の家族制度の下での夫と妻の従属関係を改め、「夫婦同権」とした。「家」のため、「男性」のための家族生活からの女性の解放を宣言した、と説明。

  自民改憲草案は、戦前の家父長制回帰ねらう!

自民党の改憲草案(2012年)のねらいは、家族は「公共」の最小単位として家族の名の下での女性の個人としての尊厳の抑圧と、個別的性役割分業にもとづく家族の押し付け、即ち、女性のライフスタイルの自由の侵害であると暴露。自民党案は、事実婚、シングルマザーと子ども、ステップファミリーを認めず、法律婚の押し付けである、と指摘しました。

また家族の相互扶助義務の強制により、「日本型福祉」の名の下、育児・介護を家族の責任とし、憲法25条(生存権)の形骸化をもたらすと警告しました。

  銃後の母、と「慰安婦」が侵略戦争支える

戦前には、女性達が兵士を産む道具(家族の要母)と、男性の性欲のはけ口(公娼制度の下での娼妓)に分断されて、日本の侵略戦争は銃後の母と「慰安婦」で支えられていたと分析し、憲法9条とともに24条改憲の重要性が強調されました。

Photo_2

(特別報告を行う大森弁護士)

続いて大森弁護士(当ゼミナール・副代表)が「日韓政府合意」に関し特別報告を行いました。

   河野談話の体裁取りながら、実は空洞化?

              日韓合意を厳しく批判

 昨年末の日韓政府合意で日本は、「慰安婦問題は、当時軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から日本政府は責任を痛感している。安倍総理大臣は改めて慰安婦と数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた方々に心からおわびと反省の気持ちを表明する」とした。

これは一見、河野官房長談話の文言そのものであるが、その後の国会答弁では「河野談話」を否定する発言を繰り返している。例えば、「慰安婦の募集については…甘言、強圧による等本人たちの意思に反して行った…慰安所における生活は強制的な状況の下で痛ましいものであった」等の事実認定の部分である。

国連においても日本の審議官が「慰安婦」問題についてこれまでの政府見解をことさらに繰り返し、国連や、運動団体から厳しい批判を受けていると、強く批判しました。

2人の講師のお話の後で、十数人ずつ3つのグループに分かれて50分間グループディスカッションを行い、参加者全員が意見を述べました。当ゼミに今回2度目の杉井講師は「グループディスカションを前にもやっていた。私はこれが好きだ」と言われました。最後に杉井、大森両氏がまとめ的発言を行い、会を閉じました。

なお、開会あいさつは吉川が行いました。(吉川春子記)

« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »