バングラデシュという国と日本、そして参院選
テロ発生の原因除去を
7月5日の夕刊は一斉にバングラデシュ・ダッカの飲食店でテロの犠牲のなった日本人7人の白い棺と、遺体を迎える20数人の喪服の人々の羽田空港での写真を大きく報道している。家族のみならずとも痛ましい、痛恨の思いがする事件である。「遺族には国から弔慰金が支払われる」という記事も同じ紙面にある。(東京・2016.7.6夕刊)。
以前、日本人は(企業社員の誘拐事件はあったが)国際ボランティア活動は比較的安全であったが、最近はとても危険な状態になって各地でテロ組織IS等による犠牲者が各地で発生している。過激派の犯人は5人で、うち3人はダッカの裕福な家庭出身者であるという。テロの発生原因である貧困、差別の解消と共に、日本人が何故狙われるようになったのか、分析が必要であろう。
豊かな文化の国、バングラデシュ
(写真上・国会議事堂、写真下・識字率)
私は立教セカンドステージ大学でバングラデシュの歴史・文化の授業を半年間にわたって受講した。10年以上前の大水害でバングラデシュは世界有数な貧困国と位置付けられ、数字を見ても大変な国だという認識があったので、どの程度立ち直ったか興味があった。先生はバングラデシュ人の男性で流ちょうな日本語で講義をした。
1、2か月過ぎたある時、先生は「私は授業をこのまま続けられない」と言われた。理由は、立教大の授業は毎時間コメントペーパーを出すことになっているが、その反応に失望した、という事であった。
件のペーパーを書いた男子「学生」が立ち上がって“おくせずに”意見を述べた。「自分はバングラデシュの文化を学んでいるのであって、あなたの歴史認識を聞くために受講しているのではない」という趣旨であった。2、3の他の発言は同じ趣旨のものも、違うものもあった。
確かに先生はアジア太平洋戦争中に祖国が日本からどういう仕打ちを受けたか、という話をしたが日本の「学生」を前に話すためであろうか、かなり控えめに話された、と私は受け止めた。歴史と文化を学ぶときにあの戦争について避けて通れない事は当然である。
セカンドステージ大学の受講者の中にはかつての「企業戦士」(彼らに戦争体験はない)も一定数おり、カチンと来た、という事であろう。しかし仮に、日本人の教授が自分とは違う歴史観を授業で披瀝した場合にも、果たしてこういう発言をするだろうか、という事が私のもう一つの疑問である。(この日の授業終了後に提出されたコメントぺーパーを見て、先生は授業をその後も続けた。)
(写真上・バングラデシュの女性、写真下・バングラディシュ・国歌)
歴史観を参議院選挙で争点に
参院選が終盤を迎え、各紙は「改憲勢力が参議院議員議席3分の2を伺う」との、恐ろしい予想を立てている。国会の発議に必要な議席を衆・参で獲得すれば、まっしぐらに改憲の道を進む危険性がある。
かつて1960年代の総選挙は改憲のための2分の3議席確保がいつも争点になっていたが、その頃は社会党が健全な時代で社共が改憲を阻んでいたことを思い出す。
「政府の行為によって再び戦争の惨禍がおこることのないようにすることを決意し、~この憲法を確定する。」とした憲法前文を踏みにじってはならない。「過去に目を蓋ぐものは現在にも盲目となる」とのドイツ大統領(2015年死去)の警告を今こそ想起すべきではないか。 (吉川春子)
◆写真はバングラデシュ出身教授の授業のパワーポイントから引用した。
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