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2016年2月

2016年2月24日 (水)

日本では製作できない映画、「不屈の男 アンブロークン」

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写真上・「不屈の男」監督のアンジェリーナ(ビッグイッシュ―2016.Feb.1)、写真下・「不屈の男」ジャケット

 

この映画のストーリーは実話に基づく。ベルリン・オリンピックで陸上選手として華々しい活躍し次の東京オリンピックへの出場を目指していた主人公のザンベリーニは、太平洋戦争とともに米空軍爆撃手となる。そして彼の乗った爆撃機が海に不時着し仲間3人で救命ボートで47日間も洋上を漂流した(一人は途中死亡)後に、日本軍に見つかり捕虜となる。彼は2年間の過酷な捕虜生活後、日本の敗戦とともに母国へ生還し2014年まで生存していた。

 

  日本軍の捕虜虐待に堪えぬく米兵

 

洋上の漂流も過酷だが、捕虜の国際条約を批准していない日本の捕虜生活は言語に絶する。人権侵害の極み、というべき虐待を体験する。捕虜収容所には他にも高名なオペラ歌手やシェフなどもいるが彼らの職業を歯牙にもかけず、また捕虜たちの人間としての誇りや尊厳を極限まで踏みにじる。捕虜収容所所長の渡辺伍長という男が英語を流ちょうに話し、サディスティックな忌むべき残忍さで捕虜虐待を楽しむ特殊の男なのか、又は日本政府の方針の忠実な実行者なのか?後者であろう。渡辺は連合軍から戦犯に問われたが恩赦で釈放されたという。

 

東京大空襲の後ザンベリーニは大森捕虜収容所から、数ある日本の捕虜収容所の中でも最悪のものとみなされていた直江津の捕虜収容時に移される。移送中空襲で瓦礫と化した東京の町中を歩かされ多数の遺体が道端に転がるさまを目撃する。捕虜たちは日本本土の空襲で日本敗戦近しと喜ぶ気持ちとその時は捕虜の殺害の時との恐れが交錯する。

 

こんなにも多数の捕虜が日本に居た事、こんな酷い虐待があったことを、直接手を下した兵士たちは語らず、政府も証拠隠滅し隠してきたため、ほとんどの一般の日本人が知らない。そのことを知るためにもこの映画は一見の価値がある。

 

        日本の映画は描かない

 

私がいつも街角で買うホームレスの自立を応援する雑誌「JAPAN ビッグイッシュ―(2016Feb.1)」の表紙はこの映画の監督、魅力あふれる女性アンジェリーナ・ジョリー監督だ。私は同誌の「不屈の男 アンブロークン」のインタビューを読んで、ぜひこの映画を見たいと思った。日本人監督による戦争映画は少なくはないが、彼らはほとんど日本の加害映画を撮らない。日本人が戦争で被害にあった話ばかりである。日本のどのような捕虜虐待が行われたのかしるべく、この映画を是非観たいと思った。

 

       独立系の映画館での上映、の意味

 

渋谷にあるこの映画の上映館は私がいつも行く映画館の中で最も少ない座席数だった。上映はどうもここ一つらしい。この映画を大きな(あえて言えば一流館を含めて)、複数の映画館で上映できない事情が、日本にはあるらしい。インターネットには「これは反日映画だ」などの口汚い「投稿」もある。そうした事よりもっと大きな黒い手が動いている或は上映館側の自主規制があるかもしれない。次のような見方がある事を紹介する。

 

〇「映画を見ていない人々によって「反日映画」と不当なレッテルを貼られた本作は、ハリウッド映画なのにシネコンではかからず、独立系の配給会社と映画館によって配給・上映される。私達はその意味を深く考えなければならない。そのためにもこの映画を見るべきだ」襟川クロ(映画パーソナリティ)~「不屈の男 アンブロークン」ジャケットP20

〇「なぜこの映画の日本公開が問題視されて来たのか、観終ってみるとわからない。じわじわと心揺さぶる人間ドラマだ」(中西愛子・キネマ旬報3上旬号)

 

       大本営発表の他にも、NHKのプロパガンダ

 

また、この映画はNHKの戦争協力対応も垣間見せる。オリンピック選手で有名人のザンベリーニの生存はビッグニュースだ。爆撃機とともに海に消えたと思われていたのだから。VOAKNHK)が彼を対米宣伝放送に利用する。彼は、捕虜収容所では文句ない待遇を受けていると言わされる。放送後レストランでご馳走を食べさせられ、さらに対米放送を依頼されるが、放送ペーパーを見て「事実ではない」と拒否し、再び虐待の待つ捕虜収容所に戻される。

 

「アンブロークン」、“折れない心“これは今の私へのメッセージでもあると受け止めた。見ごたえのある映画だった。    

                                    (吉川春子)

 

 

(ミモザの花が咲いて、国際女性デー・3月8日・も近い)

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2016年2月 5日 (金)

             人権侵害の歴史を忘れないために

 

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(「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑」)

ハンセン病患者の名誉回復の碑

 

東京霞が関の厚生労働省の敷地にある「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑」を初めて見て私はとても感動した。碑文には

「ハンセン病の患者であった方々などが強いられてきた苦痛と苦難に対し、深く反省し、率直にお詫びするとともに、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念を捧げ、ハンセン病問題の解決に向けて全力を尽くすことを表明する。平成236月 厚生労働省」

と記されている。短い碑文であるが患者たちの苦難が伝わる内容である。

 また、この碑が霞が関の厚労省の敷地内の正面入り口近くに、植栽に囲まれて立っているという点である。らい予防法に対して政府は反省し、解決に全力を尽くすという決意が伝わって来る。

 

      瞼に焼き付く、総理官邸に押しかけた大勢の患者達

 

基本的人権の尊重をうたう日本国憲法施行後もハンセン病患者の人々へ抑圧は続いた。隔離政策を終わらせる闘いのために患者自治会が裁判に立ち上がり、2001(平成13)年熊本地裁判決は90年に及ぶ患者の人権を踏みにじった国の隔離政策を厳しく断罪した。

患者団体の必死の働きかけで世論と国会を動かし、ついに小泉内閣も控訴を断念した。私は大勢のデモ隊が首相官邸門前に押しかけて、小泉総理に控訴断念を迫った光景を昨日のことのように思い出す。

裁判勝利から10年後にこの碑は建てられたことになる。ここに至るまでの患者達の苦難を思う・

 

      加害の歴史を後世に伝えるために

 

この碑文のなかにある「らい予防法による被害者」、「ハンセン病の患者」という文言を「従軍慰安婦」、日本軍「慰安婦」に置き換えてもぴったりする。日本政府自身が「慰安婦」についてこうした碑を建ててほしいと思うのは私だけだろうか。

 「河野官房長官談話」で「慰安婦」問題について、「われわれは歴史研究、歴史教育を通じてこの様な問題を長く記憶にとどめ、同じ誤りを繰り返さないという決意を改めて表明する」と宣言している。記憶にとどめる方法として、碑の建立も有効な手段である。

 ソウルの大使館前の「少女像」移転を韓国政府に要求するのではなく、むし日本の政府自身が、「慰安婦」を二度と繰り返さないために、この歴史を記憶にとどめる方法を実践すべきではないのか。

 

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(「アリランの碑」を建立した与那覇博敏さん)

 沖縄宮古島には与那覇博敏さんが土地を提供して日韓のNGOが力を合わせて建立した「慰安婦」を祈念する「女たちへ」、「アリランの碑」があり、毎年記念の集会を開いていると聞く。私は沖縄の皆さんの優れた活動に学ばなければと思う。

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