ザ・ラストクイーンを見て
9月27日(日)新国立劇場で日韓国交正常化50周年記念特別企画の「ザ・ラストクイーン 朝鮮王朝最後の皇太子妃」を鑑賞した。朝日、読売、東京新聞、またNHK等で宣伝されたためか中ホールはほぼ満席状態だった。皇族の方も鑑賞されているとの紹介があった。
二期会会員・オペラ歌手の田月仙(チョン・ウォルソン)によるモノオペラ(登場人物が一人だけのオペラ)である。同じ舞台の左手にミュージックアンサンブル(ヴァイオリン、フルート,チェロ、ピアノそして打楽器という構成)、右手には男女4人のコーラス、中央でオペラ歌手が演ずる。 私にとっては初めてのモノオペラ鑑賞なので多少の戸惑いもあった。しかし、ナレーションと字幕が日本語で明快なのでストーリーはよく理解できた。欧米のオペラハウスで音楽もストーリーも難解のオペラを見るよりもずっと親しみやすかった。
物語は、1919年、日本による植民地支配下の韓国の皇太子・李琅(りぎん1897-1970)と18歳で政略結婚させられた皇族の梨本宮家の方子(1901-1989)の波乱の物語である。李琅(りぎん)は伊藤博文により子どもの時に日本の学校で学ぶという名目で人質に連れてこられて学習院、陸軍中央幼年学校、陸軍士官学校で教育を受けて日本の軍人として陸軍中将にまで上り詰める。
日本敗戦後は二人は日本国憲法施行で皇族の身分を失い日本国籍も失い在日韓国人となり経済的にも苦しい時期もあった。韓国に帰国を希望しても李承晩大統領は拒否し、やっと朴正熙大統領時代に韓国籍を認められて帰国も果たす。方子は知的障碍児施設や知的障害養護学校を設立する等障害児教育につくし韓国の国民から高く評価されたという。
植民地支配によって国民一般はもちろんだが皇族という身分にある女性にとっても過酷な運命を強いられた。しかしそれに負けず二つの祖国を背負ってたくましく生き抜いた事を訴えるオペラである。チョン・ウォルソンさん自身も在日韓国人として日本でオペラ歌手になるについての様々な苦労が方子の生涯に重ねられた演出になっている。
なお、この第二国立劇場はオペラハウスとして計画された当初、1980年代に当時文教委員会に所属していた私は,今は亡き芥川也寸志さんら当時有名な音楽家の方々からいろんな陳情を受けた経験がある。もう少し適当な場所があるのではないか、オペラハウスならマイクを使わずに音響のいい設計にすべき、付属のオペラ歌手養成所をつくるべき等々。
その結果、私は欧米に出張するときはあいている夜は、オペラハウスで上演中のオペラを見る事にしてオペラハウスに親しむことにした。オペラへの理解が深まりはしないが、わからないなりに好きにはなった。
私は今回、「日本のオペラハウス」の完成後初めて!観客としてこの劇場に足を運んだ次第である。(吉川春子)
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