戦後70年企画―大学・学生描く戦争映画と、戦争に協力した大学の安保法制反対
日本の加害を厳しく問う映画『海と毒薬』
戦後70年企画第2部「映画を通して顕彰する日本の戦争―今こそ、反戦平和の誓いを込めて」。8月12日から同25日まで東京・池袋の新文芸座で27本の戦争映画が上映された。私は8月18日『海と毒薬』(1986年、熊井啓監督、脚本)をまずみた。
日本では加害責任を問う映画の製作は困難視されるが、これは加害問題に切り込む迫力ある映画である。
私は2011年、立教大学の「全学共通カリキュラム」で「外国文学とキリスト教」を受講し、この映画の存在を知った。大型スクリーンが3つも天井から下がる大教室で曽田長人先生はA4の8ページの資料を準備して講義した。途中映像も適宜映し出され残酷なシーンに戦慄が走った。私はいつかこの映画を通して見たいと願っていた。
戦争中、九州大学医学部で行われた生体解剖
映像は白黒で九州大学の医学部手術室のシーンが多く暗い雰囲気の映画だが、俳優は奥田瑛二、渡辺謙、田村高廣、岸田今日子、神山繁など名優がきら星の如く出演する。
映画『海と毒薬』(原作・遠藤周作)は1945年の第2次大戦中に捕虜の米飛行士8人を医学上の実験材料にした「九州大学の生体解剖事件」をモデルにしている。「生体解剖とは無抵抗の捕虜を生きたまま解剖し死に至らしめた事件である(「海と毒薬」解説・夏川草介・講談社文庫)。
戦争中日本軍は、捕虜を人道的に扱う条約に違反して虐待の限りを尽くした。軍は九州帝大医学部に対して捕虜の生体実験を命じる。人体実験の事前の打ち合わせで将校から捕虜の肝を食べる提案が行われ、医局員は手術後アルコール付けの肝を将校のいる部屋に運んだ。これは軍隊が捕虜も人間であるという感情が完全に欠落していることを示す恐ろしい場面である。
人命を助けることを業とする医師を養成する大学医学部で生きながら人間を殺す、生体解剖まで行うとは!自分の出世欲のために生体解剖を簡単に引き受ける教授。そこには良心、人間としての感情はない。彼の下で2人の若き医局員が手術に加わった。彼らはどのように自らを納得させてかくも恐ろしい「手術」を施したのか?
殺したのではない、生かしたんだ との理屈
実験は、①人間は血液をどれほど失えば死ぬのか、②人体に対してどれほど空気を血管に注入できるのか、③肺を切り取って人間は何時間生きるのかという3点を知ることを目的とした。捕虜に検診を行うとだまして手術室に連れてきてベットのあおむけに寝かせた。危険を感じて彼が抵抗すると数人の医者が抑え込んで麻酔を行ない静かになったところでメスを入れてゆく。医師たちに殺人を犯しているとの意識は全くないのだ。
解剖後「(おまえは捕虜を)殺した…そばにいて何もしなかった」という自分の心の声に苦しむ」若い医局員に対して、もう一人は「あの捕虜のおかげで何千人の結核患者の治療法が分かるとすればあれは殺したんじゃない。生かしたんだ」とうそぶく。
戦争中の大学病院はその使命とは逆に、人の命を軽く扱った極致と言えるシーンがいくつも映し出される。
「じきに死ぬ患者に貴重な薬を処方することをたしなめる」
「手術中に死亡した患者を手術の失敗をかくすために手術部は縫合され手術後に亡くなったと遺族には告げることが決められ関係者にはかん口令が敷かれる」等々
米軍捕虜を人間扱いしない大学病院では入院患者もまた人間扱いされていない…人間的な心が麻痺している医者、看護婦…病院全体が浮かび上がる
医局員12人の告訴、のち全員無罪放免
敗戦後、実験の事実が発覚して立ち会った医局員12人が告訴された。主任教授は自殺し主たる被告は重い判決を受けたが、その後全員が釈放された。捕虜虐待の事実はあいまいにされ、戦争犯罪を犯した者たちが医者になってあるいは看護婦として資格も剥奪されずに野に放たれた。
生体実験の医局員が戦後に医院を開業し、そこを患者として訪れる男が過去の事実を調べるところからこの小説は始まっている。自らの良心にてらして深く戦争犯罪を反省することはあったかもしれないが、戦争犯罪者たちは社会的には何のおとがめもなく、もちろん訴追もなく、全く価値観が変わった社会においてするりと自分を適合させて生活を送ることを許されたのだ。社会的制裁はまったく受けなかった…映画の最後の字幕はこのことを静かに告発していた。この小説を世に送った遠藤周作氏はこの事実を曖昧にすることをクリスチャンとしての良心が許さなかったのかもしれない。
ピアノ、野球…青春を中断して死地に
生体解剖というおぞましい事をやってのけた九州大学だけではなく、東京大学を筆頭に、戦前ほとんどの大学が侵略戦争に協力し、多くの若者を戦場に送り出し命を失わせた。
8月24日神山征二郎監督の『ラストゲーム最後の早慶戦』(2008年)、『月光の夏』(1993年)を見た。野球は敵性スポーツとして解散命令が出される中、学徒出陣を前にせめてもう一度だけ早慶戦をと願う部員たちの思いを受け止め戸塚球場での試合を実現させる小泉信三慶応塾長と早大野球部長(『ラストゲーム最後の早慶戦』)。また東京音楽学校でピアニストを夢みて勉強していた若者に特攻としての出撃命令が出る。今生の思い出にと鳥栖のグランドピアノのある小学校まで線路をひた走り、ベートーベンの「月光の曲」を弾き引き返す若者(『月光の夏』)。どちらも生きたい!との切なる思いを断ち切った非情な戦争が描かれて心がかきむしられる映画である。
立ち上がった108の大学
今、安保法案反対の会が全国の1割を超える108大学に広がっている。戦争協力の轍を踏まない決意で全国の大学教員260名が東京千代田区で記者会見した。「安保法案は違憲法案で憲法9条をなきものとする。絶対に阻止すると訴えた」(8月27日付東京新聞)
創価大学の代表は「創価学会の牧口初代会長は(戦争に反対して)獄死した。池田名誉会長の精神は人のためというもの。安倍総理は憲法無視した法案を通そうとしている。今行動しなければ何時するのだ!公明党議員もぜひ法案反対してほしい」と訴えて大きな拍手が起きた。
立教大学の代表は「多くの学生を戦地に送った事を反省している。彼らは被害者であったのみならず、加害者にもなった」と語り、九州大学の代表は「九大留学生2000人の多くは中国人、韓国人である。戦前多くの学生を戦場に送り、また医学部では捕虜の生体実験をした過去を持つ」と各々加害責任についても語った。
ユーチューブに写し出される東大、京大、広大、北大、上智、関西学院、立命館…各大学代表。彼らの短いあいさつから平和、学問の自由、大学の自治を守る熱い訴えが心に響いた。 (吉川春子・記)
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