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2015年6月

2015年6月30日 (火)

映画「沖縄 うりずんの雨」

 

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 ジャン・ユンカーマン監督の「沖縄 うりずんの雨」は、ジェンダーという新しい視点で沖縄を描いた、長編ドキュメンタリー映画である。

 

1部は沖縄戦、第2部は米による占領の映像に沖縄県民の筆舌に尽くしがたい歴史が映し出されてる。そして今日も… 

 

 

 ◆18,19歳の“ガキンチョ”達が

 

 映画冒頭の、沖縄国際大学2004813日の出来事はショックだ。

 

――インタビューに答えるダグラスラミス元海兵隊 沖縄在住政治学者

「海兵隊のヘリが大学の管理等に衝突し地上に落下し炎上した。…本当に驚いたのは…まるで準備していたように海兵隊員がフェンスを越えて次々繰り出して来て彼らは大学を占領した。「18歳か19歳の“ガキンチョ”達 が海兵隊の軍服を着て、自分達より年上の報道陣に向かって大声で命令し、勝手に外国の領土に入り込んで人に命令する権威を持っているかのように振る舞っている。すごい光景だ。…同じことを日本本土やドイツ、イタリア、英国でもやるのか…やらないんじゃあないかと思う。沖縄では確実にやる。沖縄が置かれている今日の姿を象徴的に現している映像である。 

 

 

◆沖縄基地の女性への性暴力

 

3部「凌辱」では米兵の性暴力についてリアルに描かれている。圧巻だったのは、1995年に起きた金武町・キャンプハンセンの、当時20歳から22歳の米兵が、12歳の少女を拉致しレイプした事件、3人の加害者の一人に対する監督のインタビューだ。

 

その事件はいまから20年前、沖縄でも本土でも国民に怒りが燃え上り、私も沖縄・宜野湾での県民大抗議集会に国会議員として駆けつけた。そして事件の結果、日米地位協定の一部改正につながった。

 

加害者の兵士は3人とも懲役6年半から7年の実刑判決を受け、刑期を終えて社会に出た。そのうち一人はインタビューを拒否し、もう一人はその後さらに女子大生をレイプ、殺人を犯し、自殺した。
 

  ◆少女レイプ事件の加害兵士へのインタビュー

インタビューに応じた加害兵士の一人は、日本で服役後帰国、現在失業中だ。まっすぐにカメラを見据え、語る。

 

「仲間が“女をレイプしよう”と誘った。初めは冗談かと思った。…(少女の)口にテープを張ってくれと言われ貼った…服役中にも独房で彼女に謝ることができたらと思っていた。あの時暴走しなかったら。車に乗らなかったら僕の人生はどうだったかと考える。…もう一度やり直せるのか、やり直す資格はないのかと。…神の許しなどより彼女はほんとに許してくれるのか。許されても地獄行きは変わらない。すべきでないという事をわかっていてしたのだから。教会に通ってお許しをと祈っている。どのみち地獄へ落ちるんだ。僕はそう思っています」と。取り返しがつかない事をしたと心から後悔している姿に、私は衝撃を受けた。 

 

◆戦利品としての沖縄、捨石としての沖縄

 

これは海兵隊の不良兵士の犯行なのか? 映画は、“戦利品として(日本側からは捨石として)の沖縄“という意識=米政府も日本政府も持っている――が彼らに罪を犯させたことを告発している。

 

またアメリカの軍隊内部の、性暴力に被害にあった女性兵士たちが体験を語り、共有する姿を描いている。軍隊に性暴力はつきもので、アメリカ女性軍人の被害の多さとその実態も明らかにされていた。

 

沖縄での女性への性暴力のすごさを白日の下にさらして、沖縄の基地撤廃こそが沖縄の人々、とりわけ女性の人権保障の道であることを強く訴える映画である。
                              (岩波ホールで上映中/吉川記)

 

 

2015年6月27日 (土)

第17回ジェンダー平等ゼミナール

吉見義明中大教授が「慰安婦」問題のそもそも論を語る

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(写真上・講演する吉見先生、下・ゼミ風景・五十嵐さん撮影)

第17回ジェンダー平等ゼミナールが6月21日(日)午後、東京お茶の水の中央大学駿河台記念館で開かれ、会場いっぱいの73名が参加しました。

まず吉川春子代表が開会あいさつで安倍内閣の安保法制に対する国民の意怒りが燃え上っている情勢を述べ、こうした中で講師に迎える吉見義明中大教授は政府が「慰安婦」問題への関与を否定している1990年代はじめに、この問題の政府の責任を明確に示す公文書を発見して、その後も一貫して「慰安婦」問題を追求してきた第1人者であると紹介し、この講演を力に草の根から特に若者世代に「慰安婦」問題の本質をもっと広めようと訴えました。

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春日部市円幼稚園の紫陽花・6.20日撮影

大森典子副代表は吉見裁判の主任弁護士として「『吉見裁判』の意義とこれから」と題して報告。1)「吉見裁判」とはなにか、について説明し、2)争点は、原告の桜内元代議士(日本維新)が「吉見さんの本は捏造」と主張を繰り返しているが、これは名誉棄損であると、吉見先生が提訴。これに対して被告は「慰安婦」は性奴隷か否かという方向に争点をずらして「『慰安婦』は性奴隷とは言えない」との判決を取ろうとしている。しかしこんな判決を出したら日本の裁判所は国際的にも物笑いになる恐れがあり批判は避けられない。3)7月13日に秦郁彦氏への証人尋問、吉見先生本人の尋問という山場を迎える。絶対に負けられない裁判であり且つ、勝利の見通しも大きい。皆さんの法廷傍聴等の支援をお願いしますと訴えました。

吉見先生は、「日本軍『慰安婦』問題とはどういう問題なのか」と題して、レジュメと資料併せて25ページの大部を配布しました。

 

 .『慰安婦』制度は日本軍がつくったものであり軍は慰安所を統制管理していた、

 

 募集形態については

 

(朝鮮半島)~軍・官憲による組織的略取は確認できないものの、彼らが選定した業者が略取・誘拐・人身売買によって女性達を連行したことは明らかである。

 

(海外の戦地・占領地)

 

誘拐、人身売買、事実上の強制のケースを豊富な資料で示しました

 

3.軍慰安所における「慰安婦」の悲惨な状況について

 

「廃業の自由」「外出の自由」「拒否の自由」はなかった事を生々しい資料によって具体的に示しました。

 

また、公娼制と「慰安婦」制度の比較等、あまり知らされていない興味深い項目もありました。

 

結論として、「慰安婦」とされた女性達は略取・誘拐又は人身売買されて軍の施設である「慰安所」に入れられて「居住の自由」、「外出の自由」、「廃業の自由」(自由廃業の権利)「拒否する自由」のない無権利状態の下で、軍人、軍属の性の相手をさせられたので、軍の性奴隷というほかない状態にされていた。人身売買は国家が防止しなければならない義務があるのに、国家自らが婦人・児童の売買禁止に関する条約に違反していたと、厳しく指摘しました。

 

質問・意見

14人から出されて、中には若い学生の新鮮な訴えもあり、感激的な場面もありました。()以外は吉見先生のお応え。

〇「慰安婦」問題をテーマにしている歴史学研究者についてあまり多いとは言えない

〇(「慰安婦)は性奴隷とは言えない等の主張をしている)秦郁彦教授の評価→あまりまともに取り上げている人はいない

〇請求権は消滅しているか「従来『外交保護権のみ消滅』と政府は説明してきたが2007年最高裁判決で任意の賠償金支払いを妨げないと判断した」(大森弁護士)、「現在の政府見解は『一切の請求権は消滅している』との見解に変わった。シベリア抑留や被爆の補償を求められることを恐れて」(吉川)

〇戦争加害映画について南京大虐殺の映画をつくったら映画会社に抗議が殺到するだろう、日本では作れない、「以前「『慰安婦』の映画つくってほしいと高名な監督にお願いしたが日本で加害映画は作れないと断られた。しかしドイツでは年に数本はナチス等の加害映画が製作されている」(吉川)

〇旧満州に居た慰安婦、そして慰安所の数は関東軍が大演習を行った1941年には7080万の軍隊を投入、それに2万人の「慰安婦」が動員される計画あり少なくとも3000人の女性が朝鮮半島から動員されたことが分かっている。

 

〇(右翼が言うように)極東裁判の判決は信用できないのか日本政府はこの判決を認めている。また、(同裁判で)「慰安婦」問題は正式には取り上げられていないが真実に迫る1つの手掛かりにはなる。

 

〇美大学生「教科書から『慰安婦』が消されて仲間の学生達はこの事を知らされていない。『慰安婦』を映像で取り上げようとしても賛同が得られないので口惜しい。

 

〇新座市で中学生にもわかる「慰安婦」展を企画したが、教育委員会が全員一致で反対し中止させられた。理由は、春休みに中学生がこの展示を見て親に質問しても答えられないから、というもの。とんでもない事態が起きている。

 

<吉見先生のコメント>

今の学生は、大学で「慰安婦」の講義をしても初めて聞いたという反応が多い。自分たちが兵役に取られる、日本周辺への対応として集団的自衛権必要と考えている学生もいる。

 

 

集会アピール(水野磯子さんが読み上げ)採択。地元の横浜で侵略戦争美化、日本国憲法敵視の育鵬社の教科書採択を許さない運動で頑張っている池田靖子さんが、教科書採択の問題にも触れて閉会挨拶を行いました。

 

この日もいろんな集会と重なっていましたが、主催者の意気込みで多くの方をお誘いし、吉見先生の講演を聞いて力にしてほしいと頑張った結果、参加者も多く、内容もたいへん充実した集会になりました。

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2015年6月16日 (火)

知っていますか、小学校で歌った「平和憲法の歌」

 

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(「女性の自立と政治参加―ある女性参議院議員の歩みとたたかい」表紙・裏表紙)

出版で、子どもの時に歌った歌の歌詞が判明! 

 

この度、『女性の自立と政治参加―ある女性参議院議員の歩みとたたかい』-を出版した。(吉川春子著・かもがわ出版 ☎ 075(432)2868 201571日)第1章は自分史で私(吉川春子)がどのようにして政治家への道を歩むことになったかを書いた 

 

私の小学校は長野県小県郡丸子町立である。子どもの頃の思い出としては小学校で朝礼の度に歌わされた『平和憲法の歌』が強烈に心に残っている。この歌は『信濃の国の歌』と共に朝礼の度に歌ったので、大人になっても曲も覚えている。『君が代』は歌ったことはない。 

 

 うろ覚えながら記述した不正確な『平和憲法の歌』の歌詞を、第2校ゲラ校正の段階で、かもがわ出版の三井隆典さんが元の歌を探し当ててくれたのだった。これを見て私は3番まで思い出した。著書には紙面の関係で1番のみ掲載したが(P30「父親の時代との確執」)、ここには歌詞を全文記す。 

 

一、 海原の 翠(みどり)の中に

永久(とこしえ)の平和希(もと)めて

新しき 國生れたり 若き力 我等この手に

共に起つ 我が祖国 

 

二、 大空の 輝く町に

うち靡(なび)く 勤労の旗

歓びは 世界の友と 共に分ち 同じ思想に

燃ゆるなる 我が祖国 

 

三、 山川の 清けきほとり

花開く 文化の朝(あした)

豊かなる 土に育む 愛の心 廣く遍(あまね)く

美はしき 我が祖国

 

(「新日本の歌」 土井一郎作詞・福沢真人作曲) 

 

私は『平和憲法の歌』と思い込んで歌っていたが、『新日本の歌』が本当だということらしい。また、長野県は海なし県なので、冒頭「海原の…♪」で始まるこの歌はおそらく長野県だけでなく他の県でも広く歌われたものであろう。 

 

「新日本」という言葉がこの当時の流行語であったと思う。「古い日本」と別れを告げて、戦争や人民弾圧を決別して新しい日本をつくるという意気込みが伝わって来る歌だ。日本国憲法、教育基本法等、子どもたちを平和な日本の担い手として育てるという意気込みがこの歌から伝わる。 

 

 しかし少し前まで政府の中国侵略の先棒を担ぎ、満蒙開拓団で義勇兵として大勢の教え子を満州(中国東北地方)に送り出して、命を失わせた信濃教育会。取り返しのつかない過ちを犯した長野県の教育界の責任を問われることはなかったが、この「新日本の歌」を朝礼ごとに児童に歌わせた当時の先生の胸中は如何に?今となっては、知る由もない。

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写真は、紫陽花の美しい六義園で(東京都文京区),2015.6.17映す

 

 

 

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