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2014年11月

2014年11月26日 (水)

土井たか子さんお別れの会と、河野洋平氏挨拶

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国会の銀杏並木、突き当りは憲政記念館(2014年11月27日撮影)

   報道によると、920日死去した元社会党党首・土井たか子さんのお別れの会が、国会近くの憲政記念館で470人が参加して行われた。元首相や各党国会議員、党幹部も多数参加、ケネディ米駐日大使もメッセージを寄せた。元衆院議長の河野洋平氏は挨拶で、「政治劣化の一つの原因は小選挙区制にあるのかもしれない。…大きな間違いをした」と振り返ったという(東京新聞1126日)。この記事を読み私は一挙にあの日の悔しさがこみ上げてきた。

 

 

  女性の国政参加を促した土井氏

女性初の党首、衆議院議長等土井さんには“女性初”の形容詞がついて回る。また、女性議員を大量に当選させ、女性の国政への参加の道を開いた。私の当選当時、参院議員に共産党以外は女性議員はほとんどいなかったが、土井さんが仕掛けたマドンナ旋風以降、参議院に女性議員がめずらしくなくなった事を私も肌身で感じた。

 

 

 小選挙区法案“復活”は汚点

同時に土井さんは元自民党幹事長の小沢一郎議員の推挙によって衆議院議長になり、「政治改革」に名を借りた小選挙区制導入に一役買ったことを私は忘れられない。

小選挙区制は大政党に極端に有利な選挙制度で51%の得票を得た候補が当選し、49%の候補は落選。その票は死票になる。中小の政党に議席獲得の可能性はほぼない。民意の正確な反映とは程遠い選挙制度だ。

 

 

 稀代の悪法を参議院が否決!

1993年、「政治改革法案」(小選挙区制)は、衆議院でわずか5票差で可決して参議院に送ってきた。審議すればするほど民主主義とは相いれない欠陥の多い法案だとわかる。

 

当時私は、同法案を審議する特別委員会・理事だった。野党の自民党はこの法案に反対し共産党と「共闘」していた。しかしもともと小選挙区制導入を狙っていた自民党内には賛成派も多く時の与党から終始働きかけがあり、いつ賛成に回られるかと私は緊張の連続だった。参議院で侃々諤々の法案審議を経て議了、法案は委員会では可決されたが、本会議では票差を固唾をのんで見守る中、17票差で否決した。歴史的な瞬間であった。私は参議院本会議場の自分の席で万歳のポーズをとった。

 

 

憲法の規定では法律は衆参両院で可決しなければ成立しない。一院で否決された法案は廃案しかない。参議院で否決された法案は両院協議会を開き、これが決裂したことを両院議長が本会議で報告し廃案となる。にもかかわらず土井議長は同法が修正・可決、復活する場を設けてしまった。衆院議長一生の汚点といえる。

 

 

   我が人生で最も悔しかった、小選挙区制復活

この日、忘れもしない1994129日深夜、私は「朝まで生テレビ」(テーマは「小選挙区制法案廃案」)の出番を待つべくテレビ局で待機していた。しかし驚くべきことに、私たちの目の前で小沢一郎氏と河野洋平氏が「政治改革法案」修正案に合意書に署名をしている映像が映し出された。それは政府の提出した法案よりさらに大政党に有利な修正であった。

「まったく、浦島太郎になった気分だよ!」番組の司会の田原総一郎氏が、ぼやきながら舞台裏にやってきた。真夜中の番組に備えての仮眠中に情勢が一変してしまったのだ。

 

 

こうして臨時国会最終日に小選挙区制は復活した。土井議長のもと、小沢一郎氏、野党の河野洋平自民党総裁の3人の談合で廃案しかなかった悪法を甦らせた。こんな憲法蹂躙があるだろうか。一院で否決、その後の両院協議会も決裂、あとは衆参本会議に各議長がその結果を報告すれば廃案となる。あの時、報道で「両院協議会は決裂していませんよ」との土井議長の発言に私は強い違和感を持った。私は両院協議会で「協議は整わずと」委員長が宣言した現場をウオッチしていたのだ。土井氏のとんでもない発言だ。しかしこれが悪法復活の場の設定の地ならしだったのだ。

 

 

  女性の国政参加を阻む壁

 小選挙区制は日本女性の政治参加をさらに遠ざけた。供託金も欧米諸国の数倍、数十倍という高額でこれが女性の立候補を阻むもう一つの原因である。

 今回(2014年11月)解散時の衆議院女性議員の比率は8.1%。IPU(列国議会同盟)の調査では世界の下院の女性比率で日本は134番目の低さである。今回の総選挙で女性代議士が増える見通しもない。世界100カ国で導入されているクオータ制(政党の女性候補者の比率話高める割当制)も見通しが立たない。

 

 

土井氏はマドンナ旋風で国政に女性議員を大量に当選させたが、その後小選挙区を導入し、女性の政治参加の大きな壁を作った。悪法復活の「立て役者」の一人の河野元衆議院議長(慰安婦問題の「河野官房長官談話」と同一人物)は冒頭でふれたように「大きな間違いを犯した」と反省の弁を述べた。異例の「弔辞」ともいえる。今はなき人の前でふれざるを得ないほどの大失政だ。河野氏の指摘のとおり、今日の目を覆うばかりの国会の劣化の原因はこの時に遡るのだ。(政党助成金もこの時導入された)。

1126日、最高裁判決で去年の参議院選挙は違憲状態と厳しく指摘された。国会の責任は大きい。選挙制度を民主的制度に変える事なくして1票の格差是正はない

 

 

 

2014年11月20日 (木)

『慰安婦』問題の本質は何か、なぜ「朝日」バッシングをするのか

 

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15回「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナール

『慰安婦』問題と、「朝日新聞」バッシングについて一緒に考えませんか。ご来場をお待ちしています。

日 時:20141130日(日)13:0016:30                 場 所:渋谷区女性センター・アイリス・渋谷区文化総合センター大和田 8階(交通アクセス:JR渋谷駅西口徒歩5分)

講演① 13:10-⒕:40

 朝日新聞バッシングと「慰安婦」問題攻撃の真相」 

講師: 青木 理 ジャーナリスト テレ朝「モーニングバード」コメンテーター  (慶応大学卒、共同通信、ソウル特派員、オウム真理教事件や阪神大震災、数々の公安事件を取材。韓国延世大学国語学堂に留学。日本版「オーマイニュース」創刊に参加、 著書「日本の公安警察」)

講演② 14:5016:10

 憲法24条改悪と『慰安婦』問題」 

講師:中里見博徳島大学ソシオ・アーツ&サイエンス研究部准教授  〈名古屋大学卒、同大学法学部助手、福島大学助教授、ハーバード大学ロースクール客員研究員を経る 専門はジェンダー法学、憲法。著書「ポルノグラフィーと性差別」(共著)

 

参加費:700円(学生500円)  

当日連絡先:090-4227-7478

<事務局>〒113-0021文京区本駒込6-14-8-602

吉川気付  電話:03-5976-5188

 

 

2014年11月15日 (土)

地方で草の根の右翼、蠢く

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来年は一斉地方選挙、と思っていたら、突如総選挙の動き。安倍総理が勝手に仕掛け、今やマスコミも政党もこれに向かって走り始めている。

 

しかし、国政反動化の波が地方政治にも及んでいることを見逃せない。首長が首長なら、議会も議会。しかし文字どうり草の根の反撃の動きもあり、悲観材料のみではない。

 

地方自治体の歴史博物館・モニュメントから加害の事実を消し去る首長たちと反撃する市民、マスメディア

 

 群馬県大沢正明・知事~群馬県高崎市県立公園「群馬の森」のある朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑

 

7月、県が設置更新許可を更新せず撤去に追い込まれる

 

1113日、これに対して、表現の自由侵害の当たるとして、碑を管理する市民団体が県を相手取り処分取り消し訴訟を前橋地裁に提訴。

 

 

  長野市長~松代大本営跡の説明文から「朝鮮人の強制連行」の文字を削除

市民の抗議に対して市長は謝罪をしたものの、文字は削除したまま(2014

夏)

 

 

  大阪・橋本市長~「ピース大阪」から南京大虐殺等、加害の展示を撤去

 

ピース大阪は大阪大空襲の被害と共に日本の侵略戦争の加害の事実も展示する、日本では珍しい歴史博物館として注目されていた。しかし橋下大阪市長就任とともに、加害の事実の展示は取り払われた

 

 

  埼玉県知事~歴史博物館から「慰安婦」記述を削除(2007年)

 

2014年夏、<梅雨空に『9条守れ』の女性デモ>さいたま市の公民館が憲法9条を詠んだ市民の俳句の月報への掲載を拒否した。

 

これに対して、朝日俳壇の撰者の金子兜太氏は戦前の振興俳句弾圧の動きを振り返り、作詞者、司会者で活躍する、いとう せいこう氏が「監視社会のように互いを縛る風潮」への懸念表明。東京新聞紙面で2人が選んだ俳句を通じて平和への思いを紹介するという。

 

 

議会の「河野談話」撤回求める等の決議採択の動き

 

「朝日新聞の虚報で国際的に拡散した「性奴隷の国・日本」というイメージを払拭しようという動きが地方議会に広がっている(産経2014.10.7)自分が仕掛けておいてよく言う!とはこの事か。

 

○大阪市議会―「新たな官房長官談話を発出する事」(99日)

 

○宝塚市議会―平成20336日付けで政府に提出した意見書が決定的な根拠を失ったことを確認…国は慰安婦問題についての正しい理解を促す努力をするように求める(98日)

 

○鹿児島県議会ー「河野談話の見直し、高校教科書の慰安婦に関する不適正な記述を政府に求める意見書」(103日)

 

○高知県議会、国に対する「未来志向の新たな談話を求める、慰安婦問題について適切な対応を求める意見書(9月定例会最終日14日)、

 

○埼玉県議会、国に対する「慰安婦」問題に適切な対応を求める意見書」を可決(1010日)、

 

○北九州市議会ー「従軍慰安婦問題に関する意見書」他とは若干ニュアンスの違い有るが。「近隣諸国との関係改善のため従軍慰安婦問題の事実関係を国会で検証し、事実関係に誤りがあった場合は、それらを前提として設置された従軍慰安婦像の撤去を働きかけるなど国際社会に向けて客観的事実に基づく正しい歴史認識を発信する措置を講じることを要請する」

 

 

12月と3月議会で、こうした動きを認めない決議が、多くの地方議会から上がることを期待したい。そのためには私たちが傍観者から当事者となった行動を起こそう!民主主義は地方から発信しよう!

 

2014年11月 9日 (日)

第9回 東学農民軍の歴史を訪ねる旅―日清戦争120年・東学農民戦争120年に参加して

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(写真左、緑豆大賞を受けてお祝いの花束を受ける中塚先生、写真右、集会で挨拶する吉川)

 最後の夜、光州の交流集会に100名が参加!

旅の最後の夜、1021()は、光州で中塚明先生の講演と現地の方々との文化交流会・夕食交流会が盛大に開かれました。会場の正面には「歴史を直視する韓日市民交流会」と大書された横断幕がハングル語と併記されていました。私たち訪韓の一行40名と韓国側から約100名の方々が会場いっぱいに集い大変な盛況でした。各テーブルに3~4人ずつ日韓双方の参加者が着席し、和やかに歓談しました。私たちのテーブルには、日本語が上手な女性と日本語は話せない大学で音楽を教え、自らも楽器の演奏をなさる女性がご一緒し、話が盛り上がりました。

 

朴先生が、歴史を乗り越え、平等・平和な世界へ、とあいさつ

交流会はずっと私たちを案内して下さった朴 孟洙円光大学教授が次のような挨拶から始まりました。

「今日の情勢は120年前(東学農民革命のとき)と似てきている。恥ずかしいことながら、今の韓国社会も腐敗し、困難な状況にある。120年前、帝国主義日本と腐敗した韓国政府により、農民弾圧があり、悲惨な歴史があった。過去の歴史をのりこえて、平等、平和な世界と互いに手をつなぐ関係を築かなればならないと思う」と述べられて、大きな拍手に包まれました。

 

  中塚先生講演ー安倍政権退場の力は市民にある

 

次いで、この425日に「第7回緑豆大賞」を授与された中塚明先生(奈良女子大学名誉教授)の講演が行われました。ちなみにこの賞は東学農民革命の最高指導者であった全琫準の生誕の地である全羅北道高敞郡の「高敞東学農民革命記念事業会」から中塚先生に東学農民革命を広く日本人に知らせた功績によって与えられたものです。緑豆とは全琫準が小柄だったことにちなむそうです。

 

中塚先生は、始めに安倍内閣は単なる「保守政権」ではなく、歴史修正主義の「右翼集団の政権」であること。日本の市民の様々な抵抗に直面しているが、市民の声に「聞く耳を持たず」暴走をつ続けている。私たちは、安倍政権を日本の政界から退場指せるもっとも基本的な力は、日本の市民の動向にあり、自分たちがどのように行動するかを考える時、視野を世界に広げ長いスパンで歴史の事実を直視することが求められていると考えている。「緑豆大賞」を受賞して感動したが、この賞のプレートの文章には、ナショナリズムを煽る文字は一つもない。「東学農民革命の自主と平等の崇高な精神を継承発展させる」、「自主と平等」の事業こそ、東学農民革命の本旨である。言いかえれば、「内における抑圧と競争、外に対する侵略」という欧米や日本が体験した近代化と別の近代化の道、それを現代に創造的に実現することこそが東学農民革命の精神を現代に活かす道であると主張する文章であると理解した。安倍内閣と天地の違いのある、歴史の創造的実践ではないかと大変感銘を受けたと述べられました。

 

また、この旅で120年前の歴史を学ぶと同時に現在の韓国の皆さんの気持ち、ものの考えたかを学ぶこともできる旅である。日本人が過去の歴史の事実にしっかり向き合い、それから目をそらさないで生きる時,皆さんの思いに触れあうことができることができると述べ、日韓市民の相互交流が一層発展することを念願すると締めくくられました。

 

  日本での「慰安婦」問題の取り組みに共感の拍手

ゼミナールの吉川春子代表も挨拶に立ち、「慰安婦」問題で国会議員時代から、現在も解決のために努力していることを報告して、会場から大きな拍手が起こりました。日本での「慰安婦」問題のゆがんだ情報が伝わっているだけに、韓国の人々に私たちの取り組みが知らされ、共感が広がったことはこの旅の大きな成果だったと思います。今、安倍政権の「慰安婦」問題否定の妄動が韓国社会にも不信と怒りが広がっている現状であるだけに、100名を超える日韓市民の交流の意義は非常に貴重だったと思います。韓国の新聞・TV局も注目し、取材が続きました。




(後藤ひろみ記)

 

 

 

 

 

ニュース18号ができました

 ニュース18号ができました。この号は「慰安婦」問題の報道に端を発した安倍内閣主導の異常な「朝日バッシング」に対して、民主主義の危機であり、言論の自由の危機であることの警鐘を鳴らしています。また、読売、産経新聞が同じジャーナリズム仲間の朝日新聞のバッシングをするなど、考えられない事態が起きました。ジャーナリズムの危機でもあるのです。こうした事態に対する「アピール」を発表しています。ぜひご覧ください。ご意見をお寄せください。

会員の皆様にお詫び

 このニュース18号の発送に際して私たちの手違いによって、一部の会員さんに古いニュース(第16号)を発送してしまいました。気が付いてわかる範囲で新しいニュースに入れなおしましたが、30名程度の方には古いニュースが届いている可能性があります。お気付の方は当方にご一報ください。送りなおします。ご迷惑をおかけいたしました。 「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナール代表・吉川春子

 

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2014年11月 4日 (火)

 旅を支える3人の男性~「東学農民軍の歴史を訪ねる旅」③

 この旅は旅行社が計画したものではなく、日韓の学者・研究者そして市民運動家たちが歴史の真実を掘り起し毎年フィールドワークとして行っているもので今年は第9回です。これを中心的に支えている3人の方を紹介します。

 

 

   ① 中塚明奈良女子大学名誉教授

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(仏教遺跡―素朴な石の仏像前で中塚先生と)

私は中塚先生が故・吉岡吉典・元参議院議員の3回忌を記念した集いでの講演を伺ったとき初対面でした。先生は3.11について東北の近現代史から説きおこし、東北地方がこの大災害に遭遇する前もどんな位置に置かれていたかを歴史的に解明され私は深い感動をうけました。また「慰安婦」問題の解決を求める文章を民主的な機関紙の投稿されていました。この世代の男性が「慰安婦」問題について厳しく批判することに、力強い味方を得た思いで私たちのゼミナールの講師をお願いしました。

 

20126月、我がゼミで朝鮮半島の現代史と「慰安婦」問題を絡めて講演され、私は学校で殆ど教えられなかった『東学党の乱』(教科書にはこう記されていました)についてはじめて正しい知識を得たのです。先生の著書『東学農民戦争と日本―もう一つの日清戦争』そして、陸奥宗光の『蹇蹇録』(岩波文庫)末尾に詳しい解説も書かれており面白く読みました

 

こうして、先生が毎年主催されているフィールドワークに昨年初めて参加しました。先生はいい意味で明治の男の風格があり(実際には明治のお生まれではありませんが)厳しく毅然とされています。旅も山登りを別としてほとんど全行程参加され、隅々に気を配っておられます。先生をしたって多くの人がこの旅に参加し日本の近現代史を学んでいます。

 

また、今年4月に先生の歴史研究に対して韓国の「高敞東学農民革命記念事業会」から「緑豆賞」を贈られています。

 

  朴孟洙・円光大学教授(韓国)

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(中央が朴先生)

 

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 朴孟洙( ぱく・めんす)円光大学教授は旅の全行程の案内役で熱っぽく韓国民衆の革命の遺跡について説明します。先生は1980年の光州事件の時は光州にいた現地部隊の青年将校。「光州の軍隊が何をしたか見た。自分は広州市民を虐殺した加害者だ」との思いで除隊後も故郷の光州に行けなかった。そして「個人が自分の良心を誠実に守るためには社会が道徳的かつ良心的でなければならない」と考え、1981年から韓国社会を変える努力を始めたとのことです。

 

日本の軍隊は日清戦争に先駆けて朝鮮半島に上陸し近代化兵器で、鍬と鍬で戦う農民数万人を殲滅しました。クラーク博士で有名な北大の前身・かの札幌農学校の卒業生が農民軍リーダーの遺骨を採取して母校へ寄贈していました。1990年代、このことが明らかになった直後、北大に留学した朴先生は同校が朝鮮植民地支配の先導役を果たしていたと指摘。この事実に私は小学校時代教えられていた札幌農学校のイメージが一変しました、

 

 

 

仏教、陶器、漢字…「19世紀末帝国主義時代、自国の文化よりたくさんのことを学んだ国から侵略を受けた国は朝鮮だけだった」との朴先生の怒りを込めた説明に私は日本の近代史を突きつけられた思いで、一層日本の歴史について正しく学ぶ必要を感じたのです。

 

    金聖淳・ブドウ農家(韓国)

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(写真上・金さんの農園のブドウをいただいた。写真下・韓国女子高生と。右から2人目が金聖淳さん)

ヤギ髭をはやし80歳代後半ながらかくしゃく旅の全行程に参加。随所で説明役を買って出るだけでなく、日本人に様々な差し入れの気遣いをされる。師範学校出身のインテリながら、日ごろはブドウ農園で有機栽培のマスカットを栽培、おいしい葡萄酒も作り、私も買って帰りたかったが町でも売り切れ。

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参加者の一人が私に「あの方は日本語がお上手ですが日本への留学経験があるのですか」と聞かれましたが、「私はあの年代の方は母国語を奪われ日本語を強制されたので、それで今でも話せると思います」と答えました。ご本人に確かめたら「小学校の入学試験も日本語で、日中戦争開始後、韓国語は完全に禁止された」ということです。

事前に、去年もこの旅に参加した女性に金老人は「『美しき天然』の歌詞がほしい」と要請。私は空港で彼女から「この歌をうたえるか」と聞かれ、「もちろん。母の愛唱歌なので歌えます」と言う事で、バスで私のリードで!練習し光州の交流会で日本側参加者が金さとともに大合唱し会場を盛り上げました。

空にさえずる 鳥の声 峯より落つる 滝の音 

大波小波 とうとうと 響絶えせぬ 波の音 

聞けや 人々美しき この天然の 音楽を 

手際見事に 織りたもう 神の御手の 尊しや…

 金さんが深みのある声で感情をこめてうたう時、植民地支配での朝鮮人民の苦しみが私に伝わってきたのです。(吉川記)

 

 

 

 

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2014年11月 2日 (日)

第41回日本共産党の赤旗祭りで、交流、広げ奮闘

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(写真上・AALA広場でマルコス・ロドリゲス・キューバ大使ー後列左から2人目ーと交歓。

写真下・後藤さん―右端ーの紙芝居を、キューバ大使館員に、スペイン語、英語で通訳)

 
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 「慰安婦」問題がおおきな国内的政治的テーマとなった中で迎えた赤旗祭り。共産党としても初めて、「慰安婦」テントを設け、パネル展を行いました。

 

 「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナールとしては、テントはないので、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ連帯委員会(AALA)のテントでDVDやパンフの販売と、当会のニュースをおかしていただきました。

 

 初日は大雨で、びしょ濡れになりながらDVDの上映を午前中始めましたが、ビラも機材もびしょぬれとなり、途中で断念しました。

 

11月2日は雨が上がり祭り日和。AALAの役員で、当会の事務局次長の後藤ひろみさんが終日テントで物品の販売の傍ら、テント横の広場で紙芝居(中国人「慰安婦」が主人公)を行い通行人を引き付けました。

 

 宮崎信恵・映画監督は「いのちの証言」上映のための機材の持ち込み、セッティングそして上映中は、通行人にDVDと、当会の紹介を行う等の大活躍です。 私(吉川)は、広場の前でビデオ上映をお知らせし、ビラを配り、通行人は知り合いも多く通るので話も弾みました。

 

 

 

 11月2日(日)は紙芝居やDVD上映の効果もあって、DVD「いのちの証言」は十数セットを販売し、新規入会者も数人ありました。何よりも多くの人と対話ができて「慰安婦」問題についての解決について理解を深め合ったことが成果です。

 

 

 

 安倍総理や右翼勢力が「慰安婦」問題をゆがめ、性奴隷を否定する草の根の活動が活発化する中で、そうはさせじと、歴史としっかり向き合い、女性の人権を守ろうとする草の根の運動が粘り強く続いていることを、知っていただく良い機会となりました。

 

 明日も同じ場所で、私たちの活動を行います。DVVDや紙芝居を見に来てくださいね。

2014年11月 1日 (土)

東学農民軍の歴史を訪ねる旅② 韓国・大邱にて

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(写真左・盛大に開かれた大邱の交流集会、写真右・イ・ヨンスさんー左から2人目ーと再会の五十嵐―右から2人目ー)

元・「慰安婦」イー・ヨンスさんと再会

 

 2日目に慶州からバスで大邱へ向かう旅の日程だった。昨年大邱の町中で「慰安婦」歴史館建設予定の看板をみつけた具島さんから、大邱に行くのであれば関係者に寄付を渡すこと、大邱在住のイ・ヨンスさんに会うことが提案された。具島さんの熱意が実った。

 

 東学の祖・チェジェウが最後の審問をされた場(現在は小学校)の前の道路を渡ると、そこに建設中の「慰安婦」歴史館があった。広さは70坪ほど、柱は立ってはいたが建設は遅れ、開館は来年3月になるという。旅の参加者に、「慰安婦」歴史館が建設中であることが知らされた。韓国の女性の参加者の方々は、「慰安婦」問題に関心があり、もっと知りたいと話してくれた。

 

 夕食の料理店に到着すると、ちょうどその時タクシーから上はピンク、下は青い色のチマ・チョゴリを着た元気なイ・ヨンスさんが降りてきた。韓国での再会にハグしてあいさつを交わした。食事の席で吉川さんが参加者のみなさんにイ・ヨンスさんを紹介。元「慰安婦」の話を聞くのは初めてという人が多かったのではないかと感じた。

 

 食事を終え私たち一行は、国債補償運動記念館へ。日本と韓国市民の交流会が予定されていた。会場に入ると正面には「歴史を直視する日韓市民大邱交流会」と大きなハングル文字で書かれた横断幕が張られていた。夜7時からの交流会に韓国の市民運動家のみなさんも集まり、総勢70名余の集会がはじまった。

    東学農民戦争120年式典の記録DVD に感動

東学農民戦争120年の今年、夏には盛大な記念式典が行われたが、参加者でいっぱいになった会場では、その記念式典を撮影・記録したDVDの一部が上映された。パンソリが歌われ、農民の勇敢な戦いを仮面劇で再現した。打ち首にされた農民たち、仮面の首が縄にくくりつけられ、やがて農民兵士の魂が天にのぼっていく様子を真っ白な白い布が山をのぼっていく形で表現、白い衣装を着た女性たちが青竹をもって踊る慰霊の儀式など迫力ある映像で、私たちは東学農民戦争をイメージすることができた。

 

    「慰安婦」歴史館市民建設委員会責任者にカンパと本を贈呈

 

会場に「慰安婦」歴史館の市民建設委員会の責任者イ・ジョンスンさんが見えた。眼鏡をかけた細身のやさしそうな女性で、日本での集会で見たことがあった。思いがけないことに、集会のみなさんの見守る前で、私たちからイ・ヨンスさん、イ・ジョンスンさんにカンパと寄贈の本の贈呈式が実現したのだ。吉川春子さんが、イ・ヨンスさんを紹介し、「慰安婦」問題の現状について、そして一日も早い解決を願って行動しているジェンダーゼミナールのことなどを話した。会場のみなさんにはしっかりと受け止められた。

 

大邱でのイ・ジョンスンさんたちの活動や取り組みが、この場で大邱の市民運動家のみなさんに届いたようだ。この機会をイ・ジョンスンさんは大変喜んでくれたことが、帰国後わかった。日本で連絡の労をとってくれた信川美津子さんに「大変うれしかった」という電話が入ったという。来年春の開館には、ぜひ参加したいという希望を伝えたい。                                 「慰安婦」問題の一日も早い解決へと、日本と韓国の草の根の交流が大きく広がれ!と強く願う。                             (五十嵐吉美)

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(写真左 大邱市内に建設中の「慰安婦」資料館。写真右(撮影・寺島さん) 交流会でカンパと書籍を建設委員会イ・ジョンスンさん―左端ーに渡す「慰安婦」とジェンダー平等ゼミナールメンバー、右は朴孟沫円光大学教授)

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