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2014年8月

2014年8月 8日 (金)

ナヌムの家のハルモニ来日のDVDができました

 

 昨年9月に、「ナヌムの家のハルモニを迎える会」の呼びかけで来日したハルモニたちの映像がDVDになりました。

 東京と京都での証言集会や、各つどいの中での参加者との交流が描かれています。

 

 タイトルは  ナヌムの家のハルモニ いのちの証言 

 DVDは1本3500円(送料別)。

 申し込みは 「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナール

 または直接ピース・クリエイトに 電話 03-3699-4883  

 

 各地での「慰安婦」問題の学習会や、日々の活動に役立ててください。

           表面

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        裏面

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2014年8月 7日 (木)

加害の事実に目をそむける民族に未来はない~「満蒙開拓団平和祈念館」オープンに寄せて~

 

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(満蒙開拓団・満蒙義勇軍に最も多数の県民を送り出した伊那飯田地区)

日本人は戦争被害者、の側面だけ

昨年(2013年)、長野県阿智村に「満蒙開拓平和祈念館」がオープンしたと聞き、私が真っ先に関心を持ったのは、この博物館は「満州」からの引き揚げ時の悲劇だけが強調されているのか、あるいは中国人民への加害にも触れられているのか?という点だった。このことを自分の目で確かめるため、2014730日、現地へ行ってきた。

 

 

教育界の反省は?

満蒙開拓団・満蒙義勇軍へ全国一多い人数を送り出した結果、敗戦後は中国残留孤児・残留婦人を数多く生み出した長野県で、私は3歳から12歳まで育った。両親は生まれ育ちが信州なので親せきも長野県に多い。学校の朝礼で「君が代」を歌った記憶はないが県歌「信濃の国」は毎回歌わされたので今も歌える。しかし何故か満蒙開拓団・同義勇軍については学校で一言も教えられなかった。長野県の小学校でこのことを教えないのはなぜ?そして、誇り高き!信州の県民・教員が痛恨の県史を子どもたちに引き継ごうとしないのか。教え子を『開拓団』の組織し送りだした信濃教育会は戦後どのように総括し反省しているのか。

 

 

女性と乳幼児の犠牲者は何故多いか?

残留孤児が肉親捜しのための訪日した歓迎会に参議院議員として党を代表して出席した。孤児たちが熱唱する中国語の「北国の春」。「♪あの故郷へ帰ろかな~」という歌詞が私の心をしめつけた。問題に対してあまりにも消極的である政府を私は国会で追及した。その後強制帰国した中国残留婦人問題にもかかわってきた。満蒙開拓義勇軍の結婚相手として多くの若い女性を『満州』へ送り込み、その後の結婚出産ブーム。そして敗戦。幼子を抱え、或は妊娠中の若い女性。『開拓団』を置き去りにして一足早く帰国した軍隊の保護もない「満州」からの引き上げは凄惨を極めた。

 国策で『満蒙開拓』推進、を反省しない政府

 27万人を中国大陸へ「農業移民」させ、農地を中国人から奪い耕作させた。日本が戦争に負けた時、元の農民がその土地を奪い返そうとするのは当然だ。支配者だった日本人への復讐もあり、中国から日本への引き上げ途中に多くが犠牲になった。幼い子どもを連れて帰れず、中国人に託し、数十年を経て彼らが大人になり肉親捜しが始まった。私がこの問題に注目したのはこの時からである。国会で政府を追及した(坂本官房長官時代)が、資料もなく質問しないでほしいと私に言ってきた。中国大陸での三光作戦(焼き尽くす、奪いつくす、殺しつくす)に反省しない政府は『満蒙開拓』にも反省しない。この態度に私は怒った。長野県、埼玉県の元開拓農民を訪ね、自治体の施策を充実させるように働きかけた。

 

「慰安婦」問題の反省が不十分な政府は、「満蒙開拓」も反省もしていない。二つの問題は共通しており、私は双方に取り組んできた。侵略戦争への無反省のしわ寄せは国民にかかって来る。歴史にきちんと向き合う事が、日本が21世紀に生きてゆくたしかな道である。

 

「満蒙開拓団平和祈念館」の課題と期待

行ってみて分かったのは、展示物や館内で上映中の映画は『満蒙開拓記念館』は、当時政府が吹聴した『満蒙開拓』の意味を懸賞するものではなく、また、敗戦時の引き上げ時の悲惨さを顕彰するだけではなく、日本の中国大陸への侵略の一環として中国人民の土地を奪った結果であることを明確にしている。日本の公立博物館では日本の被害には詳しいが加害に事実にはほとんど触れておらず、触れていても削除する、例えば「ピース大阪」(大阪市)や埼玉県立博物館などの例がある中で貴重な存在である、といえる。

 

伊那飯田地域は県内でも最も『開拓団』を数多く送り出しているが阿智村の開拓団は一九四五年の五月に満州に行ったという。敗戦職濃い時点で悲劇的な結末を目前にした無謀な行動である。当事者ならずとも痛恨の思いがする。貧困、狭隘な農地で受け継ぐ土地もない次三男等県民を言葉巧みに中国大陸へと誘い侵略戦争の手段としていった権力者の狡猾な意図も暴こうとしまた次世代に侵略の加担者にされた県民の歴史を語り継ごうとする意図が伝わる。

 

 

 ドイツでもヒトラーの暴力政治をなぜ許してしまったのか研究する施設「テロルの地勢資料館」は二〇一〇年に完成している。1980年代からの市民の運動がようやく実ったという。国際社会から歴史修正主義、歴史健忘症との批判が絶えない日本で市民運動の力でこうした記念館がスタートしたことは力強い。今後この記念館の展示や事業が「設置目的と理念」に沿って発展してゆくことに期待したい。(了)

「満蒙開拓団平和祈念館」への経路

飯田市からタクシーで30分。飯田までは①東京・新宿、名古屋市から高速バス、②JR中央線で岡谷~飯田線で飯田へ

 

 

<以下は、『聞き書きと調査研究 下伊那から満州を考える1』(満州移民を考える会編・発行20147月1日発行)より引用>

一 設置目的と理念

「満蒙開拓平和祈念館」は、「全国から27万人が渡満し、日中双方から多くの犠牲者を出した満蒙開拓にかかわる資料を収集、展示して戦争の悲惨さ平和の尊さを次世代に語り継ぐため、全国で最も多くの開拓団(青少年義勇軍を含む)を送出した長野県にあって、その4分の1を送出した飯田下伊那地方に拠点施設をつくることとし、

 

 特にこうした記念館、資料館が未だ全国どこにも設置されていないことから、全国で唯一の記念館として、満蒙開拓の史実を記録、保存、展示し、学習する拠点とする。

 

 単に満蒙開拓に関する記録、研究、学習、展示にとどまらず、国内外の向けて「平和の尊さ、戦争の悲惨さ」を発信するための拠点としていく

 

 日中双方に多くの犠牲者を出した満蒙開拓をテーマにすることから、被害と加害の両面を扱う記念館、資料館として、関係者ならびに中国人民の感情等に配慮した施設とし、その運営にも配慮したものとする。

 

 山本慈昭にみる残留邦人等中国帰国者、養父母等を含む日中友好活動にも寄与しうる施設とする

 

 

二「満蒙開拓平和祈念館」の名称

一、基本的なスタンス

「…『満蒙開拓』は、日本の開拓団員に多くの犠牲者を出したという被害者の側面を持つと同時に、現地中国の人々にも多大な犠牲を強いたという加害者の面の両面に配慮することとした」

 

「開拓団の皆さんには辛いかも知れないが、侵略を受けた中国の人々にとっては『満蒙開拓団』はいわば『侵略移民』なのであり『満州国』を傀儡国家として今も『偽満』と呼ぶ中国の人々にとっては、『満蒙開拓』もまた忌避すべき言葉でもあり、これを館名に冠した当記念館が、かつての侵略や満州国をも美化,正当化する施設ではないかという中国側からの誤解もありうる。

 

 

…それでも敢えて『満蒙開拓』という言葉を冠していこうとするのは、これを美化、正当化したり、顕彰、礼賛しようという意図からではなく、

 

「当時使用」されていた言葉を忠実に使用してゆくことが『史実を歪めることなく忠実にむきあっていこう』とする当記念館の姿勢をしめすことでもあると信ずるが故である。

 

二、個々の思い

{開拓}…(開拓ではなく)『移民』としたらどうかという意見もあった。『開拓』という言い方は、現地中国の人々にとっては『開拓』とは名ばかりでその多くは現地の人々から家や土地(畑)を強制取り上げた(格安な価格で買収)実態からである。

 

…(しかし)日本が『開拓』と称して侵略から目をそらしつつ国策として推し進めてきたことを客観的に伝えてゆくためにも、その言葉の善し悪しに関わらず、当時多く使用されていた『開拓』とすることとした。

 

{記念館}…風化しつつある満蒙開拓という史実があったことを記憶に留め、そのことを通じて学び、平和へと念じてゆくという意味で『記念』であると位置づけた(以下略)

(以上は「『満蒙開拓記念館』オープンに寄せて」小林勝人より引用、下線は吉川)

 

 

 

 

 

2014年8月 4日 (月)

日本母親大会 分科会詳細

 

60回日本母親大会№28分科会、<日本軍「慰安婦」問題を若い世代に語り継ごう>をテーマに

823日神奈川・横浜で催された日本母親大会。集団的自衛権行使を「閣議」決定して日本を戦争する国にと暴走を続ける安倍政権に対し、草の根から行動しようと決意のみなぎる大会となりました。

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 2日目には38の分科会がもたれ、ジェンダーゼミナールは<日本軍「慰安婦」問題を若い世代に~>の分科会に参加しました。

NHKディレクターとして1990年代に多くの「慰安婦」問題をテーマとした番組をつくり、現在はアクティブ・ミュージアム<女たちの戦争・平和資料館>館長として「慰安婦」問題の解決に取り組んでいる池田恵理子さんを助言者に、230人が活発に討論。

池田さんは「慰安婦」問題企画が、NHKの職場でまったく通らなくなった時点で、“ビデオ塾”をたちあげ、家庭用カメラでさまざまな記録にいどんできました。その一つ「カン・ドッキュンさんの記録」DVDを会場で写しながら、〝人生被害“といえる被害者の一生を台無しにする「慰安婦」被害、それが安倍晋三らによって教科書からも消され、メディアが全く取り上げない中で、私たちが事実を知らせること、知れば決してあとには戻れない問題であることだと語りました。

ゼミからは棚橋事務局長が、昨年ナヌムの家のハルモニ3人を迎えて、若い世代に事実を知ってもらうため開いたシンポジウムで、若ものが「慰安婦」は大人の女性の問題と思っていたが、自分よりも若い少女であったことを知って驚いたなど、事実を知らせることの重要性を話しました。

 福岡・具島さんは語り部としてのこの間の活動を報告。福岡のお寺で金曜夜に開かれているテラ・カフェ9条。弁護士が核となり、次にどんなことを知りたいか、学びたいかを出し合って次回企画を決定。「慰安婦」問題では38人もの参加で、狭い部屋は満杯に。マスコミの記者なども気軽に出入りするので、毎日新聞系列のテレビで語り部活動が紹介されたことを紹介。さらに6月新婦人福岡でナヌムの家を訪問、日本大使館前の水曜日デモの場所に行ってびっくり。およそ1000人の中・高生が歴史クラブとして自主的に参加。彼らと日本の学生がともに話し合えるよう、みんな事実を知らよう、語りべになろうと訴えました。語りべした福岡・中間市で、決議が採決できた朗報も報告しました。

 宮崎さんは母親大会デビューだと会場を笑わせながら、カメラマンの夫がナヌムの家のハルモニたちにカメラは回せないと断わられ、自らカメラを回し記録を制作した経験を話し、さらによい作品をめざす決意を表明。

 愛知・水野さんは「慰安婦」をテーマにした歌を募集し、その歌で街頭や集会で訴えていること、東京・後藤さんは紙芝居を休憩時間に披露し、母親大会後の申し合わせ要請行動に毎年NHKに要請している五十嵐が、この間のNHK会長と2人の経営委員罷免の運動の状況を報告するなどもあわせ、会場からさまざまな取組みが話されました。

 愛知で行っている水曜行動で、ある女子学生から「立派な職業ですよね」と反応されたがどう考えたらいいのか、知人に話したら「解決済みでしょ」と言われた、初めてwamに行ってきたなど率直な討論の場になりました。資料として最新のジェンダーゼミ「ニュース」が配布され、地方の会員とも交流でき、新しく5人が入会しました。

この分科会の申し合わせは、以下のようになりました。

1、 政府に「慰安婦」被害の真相究明、被害者への謝罪と賠償、次世代へ語り継ぐための教育を求めましょう。

2、 問題解決を求める意見書を上げるよう地方自治体に働きかけましょう。

3、 戦争の残虐さを、加害・被害の歴史をあわせて語り継いでいきましょう。

4、 マスコミに、日本軍「慰安婦」問題の真実を報道するよう求めましょう。

5、 「慰安婦」被害者をおとしめ、民族差別を主張するヘイトスピーチを、法律で禁止させましょう。

6、 性の大切さや性暴力の被害について、若い世代とともに学びあい、女性の人権についての意識を深めましょう。

7、 「慰安婦」問題の実態について、DVD・書籍・紙芝居・歌、「資料展」など、様々な方法で多くの人達に知らせましょう。自分のできるところから行動しましょう。

                              五十嵐吉美・記

 

 

  分科会の会場は、補助椅子を出しても足りないくらいの参加者で埋まりまた。

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  助言者の池田さんが用意した故姜ドッキョさんの最後の日々のDVDを観る

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  討論で発言する事務局長の棚橋さん

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  同じくジェンダー役員で、福岡から参加の具島さん

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   参加者にはジェンダーニュース17号も配布されました

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ジェンダーニュース17号ができました

 

  毎日暑い日が続いています。

  その猛暑の中、日本母親大会が神奈川のパシフィコ横浜でありました。 

  ジェンダーゼミからも大勢が参加。

  3日に行われた「日本軍『慰安婦』問題を若い世代に語りつごう」の分科会では、wam館長の池田理恵子さんを助言者に会場に溢れんばかりの240名の参加者で、会場は熱く盛り上がりました。  

   母親大会 日本軍「慰安婦」問題を若い世代に語りつごう の分科会

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  ニュース17号ができましたのでアップします。

  会員の皆様のところにはすでに届いていると思います。

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