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2014年6月

2014年6月28日 (土)

日本の女性差別の現状をさらけ出した、都議会のヤジの顛末

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(2007年1月、柳沢厚労大臣の「女性は子供を産む機械」発言に抗議する衆参女性議員)

   ヤジの内容の深刻さを理解しない議員たち

 

618日東京都議会で塩村文夏議員(みんなの党)が出産や不妊に悩む女性の問題についての対策を一般質問で取り上げている最中に、「お前が早く結婚すればいいじゃあないか」「産めないのか」など複数の議員によるヤジが相次いだ問題が大きく取り上げられた。複数の議員が女性差別のヤジを飛ばし、周囲の議席の議員も「笑って同調していた」事がマスコミ報道や議場にいた他党議員の証言で明らかになっている。当事者たる都議会がこの問題をどう処理するかが注目されていた。

 

 

 

しかし25日都議会では、共産党が出した「(ヤジ本人の)鈴木都議の辞職を求め、他の議員の名乗り出と辞任を求める決議」と、民主とみんなの党の「他の議員も名乗り出るよう求める決議」が自民党公明党の与党議員等により否決された。逆に自民・公明の、人権を踏みにじるヤジ発言の幕引きを図る決議が議決された。議会局には抗議の電話やメールが殺到している、という。

 

日本の地方議会における女性蔑視が露呈されて海外メディアからは厳しい批判の目が注がれている。

 

 

 

国会でもあったセク・ハラ答弁&ヤジ

 

国会でもかつて参議院本会議で円より子議員の発言中に自民党席から「あんたも離婚しているだろう」とのヤジが飛び、議場が騒然とし本会議が中断したことがあった。緊急議運理事会で、自民党議員のヤジの謝罪を求めすったもんだの末4時間後に会議は再開された。野党各会派が壇上で抗議の演説を行い、事前に決められた討論時間内では討論は収まらず、本会議はノンルールと化し、発言時間については1時間あるいはそれ以上かけて各野党はヤジに対する抗議を含めた長時間の討論を行い、徹夜国会となった。私も本会議場の壇上で共産党を代表して約1時間抗議の討論を行った。

 

 

 

また柳沢大臣が委員会の答弁で「女性は子供を産む機械」と発言した事に対し、直ちに女性衆参議員が本人と直接面会し辞職を迫り、2007131日柳沢厚労大臣の罷免を求める緊急集会を国会内で開いた。そのほか大臣のセクハラ発言も度々起きた

 

 

 

結婚、出産を女性に押し付ける時代は終わった

 

女性は結婚し子どもを産むという性別役割分業の思想が戦後も長く日本を支配してきた。私も父から早く結婚するように繰り返し迫られ、勉強する事(大学に行くこと)に反対された。周囲でも若い女性に「ご結婚は何時?」、結婚していると「お子さんはまだ?」「子どもは何人いるの」等という会話は日常茶飯事であった。こうした会話は男性からも女性からも何気なく言われるが、私はとても苦痛だったし多くの女性にとってもそうであったであろう。

 

32歳で市議会議員になったが、女性議員を多数擁している共産党に対して「美人ばかりを候補者に立候補させる」という批判が公然とされた。私は女性を外見で判断しようとする風潮と女性の能力に対する蔑視発言に何度も抗議した。

 

 

 

女性差別発言が許されない時代に、

 

以前は問題にされなかった発言がなぜ、今は厳しく批判されるのか。

 

「男は仕事、女は家庭」という男女性別役割分担思想は、第2次大戦後、特に1970年代以降、国連を中心とした男女平等を求める運動の中で是正が図られた。また、私も参加した国連第4回世界女性会議(1995年)では、セクシャル・ライツ(性的権利)と共にリプロダクティブ・ヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康・権利=「リプロの権利」と略称)が行動綱領に書き込まれ採択された。即ち、子どもを産むか産まないか、いつ産むか、何人生むかは女性の(あるいはカップルの)権利として宣言された。私は自分の知らなかった「人権思想」を世界190カ国が全会一致で(ヴァチカンとイスラム諸国が留保)採択したことにいい意味で衝撃を受けた。女性の人権思想は着実に前進している、と。

 

この北京会議の「行動綱領」は日本政府も賛成した。これ以後政府の施策もリプロダクティブ・ヘルス・ライツの原則に反する政策の提起はできなくなった。但し紆余曲折はあり、「リプロの原則」抜きの「少子化基本法」案という怪しげな法案が自民・民主の男性議員提案で係り、衆参野党の女性議員を中心に抗議などひと悶着したことがあったが。 

 

 

 

そして「慰安婦」問題は未解決…

 

199312月の国連「女性への暴力撤廃宣言」は女性への暴力をⅢ類型に分類している。セクシャル・ハラスメントは社会的な女性への暴力、DV(配偶者暴力)は家庭内暴力。そして国家が許す、あるいは行う女性への暴力の典型が「慰安婦」問題である。男性の暴力による女性支配が男女平等を脅かす。日本女性の人権のために「慰安婦問題を含む、全ての女性への暴力撤廃を実現することが求められている。そのためにも女性自身の不断の努力が必要である。(吉川)

 

 

2014年6月19日 (木)

山口県光市「光九条の会」で語りべ

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              6月15日 運営委員 具島順子
 
 
 6月日15日 「光九条の会」で語りべをいたしました。新幹線さくらで徳山下車。車で迎えていただき40分の距離です。道ばたには「津波4.9」の表示がありました。瀬戸内の人口150万の町です。 
 
「慰安婦」問題の真相 「このテーマで人が集まるだろうか」と心配されたようですが、満席の50人参加。終了後、新幹線の時間待ちの間、光九条の会の方々七人と懇談。「秘密保護法」以来、安倍政権に大変危機感を強くして10人で街頭に出て、初めてマイクを持ちました・・・とのことでした。
 
徳島大学の教授もご出席で、追加の資料を差し上げました。配布資料12点。「ゼミナールのニュース16号」を前もって送っていましたら、何と配布資料として全員分先方で印刷され、冊子として配布。準備に大変時間をかけてくださっていて感動でした。今、日本中に7500もある「九条の会」が非常事態とばかり、たくさんの学習会を開催しています。草の根の力で頑張っていきたいものです。 
 
 
 6月10日は「福岡市西部民主主義を守る婦人の会」で語りべ
 
二つの会とも「終わらない戦争」を観ていただき、お話しています。このDVDは日本軍「慰安婦」被害者五人の証言。連行から長い人生の今なお続く苦難を語られます。 オランダ・韓国・中国・フイリピン二人。何人もが泣いて鑑賞しておられました。配布資料は、しっかり読んでいただきたいので12点。 「この人数では申し訳ない」と主催者はおっしゃいますが、今、学習して「真実を知っていただく」ことが何よりも大切だと感じています。地元の放送局がこの日取材に入りました。たとえ短い番組でも、こうして学んでいることが伝えてもらえればと期待しています。
 
 
 
 

バトンは受け継がれています

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     6月4日 水曜集会 運営委員 具島順子
この日、水曜集会は韓国・地方選挙投票日。学校も職場もお休み。12時半開始に駆けつけたときは既に子どもたちで埋めつくされていました。黄色い傘のお二人のハルモニ吉元玉さんと金福童さんの姿もみえないほど。あまりの参加団体の多さに、、団体の名前を紹介するだけになった。

 

 

 

 

「日本から福岡県新婦人27名が参加です」のマイクの声に大きな拍手。私たちは「日本政府は被害女性に謝罪せよ」。日本政府の「戦争する国づくり」許さない! のアピール・ボードを高く掲げて応じました。少女像」に並んで中学生・高校生の明るい顔が溢れる、1000人参加の水曜集会になった。

 

 

ハルモニの前で「文化行事」歌や踊りが披露される。一分間スピーチでは高校生の男の子。「ハルモニがみんな居なくなっても僕たちがバトンを引き継ぎます」ときっぱり。ハルモニお二人に駆け寄って大きなハグ。子どもたちの割れるような拍手。

 

 

 

 前の日「ナヌムの家」を訪れた。安所長が迎えてくださり、ホールで宮崎信恵監督制作の「十五の春は戻らない」を鑑賞。入居10人のうち3人が寝たきりとのことだったがお元気な7人のハルモニと交流することができた。姜日出ハルモニは前の日、アメリカから帰国されたばかりとか。

 

 

李玉善ハルモニは「私たちが生きているうちに謝罪してほしい。日本政府は私たちがみんな死ぬのをまっているのだろうが、子どもたちが引き継いでくれます」ときっぱり。水曜集会での高校生の発言と大きな連帯の拍手に「バトンは受け継がれている」ことを実感したのでした。

 

 

 

昨年、ゼミナールや新婦人で「ハルモニから若い世代へ」の証言集会でお招きしたカン・イルチュル、イ・オクソン・パク・オクソンの三人のハルモニ、安所長には三人の活動を伝える「新婦人しんぶん」と「ゼミナール・ニュース」を会の封筒に入れてお渡ししました。水曜集会に参加した中学生・高校生は自主的参加で、二時間も列車に乗ってた65人の高校生もいることが紹介されました。各学校に「歴史クラブ」があって、そこからの参加だ多いのだそうです。日本の子どもたちにこの光景をひと目みてほしかったです。一日も早い解決に向けて頑張ろう・・・の決意を新たにしました。

 

 
 
 
 

2014年6月15日 (日)

悲報にめげずに相次いで「慰安婦」学習会、

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ぺ・チュンヒハルモニにささげるバラ

 68日に「ナヌムの家」からペ・チュンヒ・ハルモニの悲報が伝えられ韓国人「慰安婦」生存者は54人に減ってしまった。DVD15のときは戻らない」(宮崎信恵・監督)の冒頭で「ここはお国を何百里…♪」と日本語で歌うハルモニの姿が印象的だった。心からご冥福をお祈りし、ハルモニが心に秘めて語らなかった思いも晴れるように1日も早い解決をめざしたい。6月初めに国際会議で「日本政府への提言」が発表されたばかりである。生存者が一人もいなくなるまで問題解決を先のばすことは日本自身にとっても最悪の選択となる。

埼玉県で「慰安婦」問題の学習会があいついで開かれているが、これは志位委員長の見解「歴史の偽造は許されない―『河野談話』と日本軍「慰安婦」問題の真実」の発表が、契機となっている。7月には共産党県委員会が、日本軍「慰安婦」問題を考える 講演と交流の集いが開かれ、笠井亮参議院議員が講演し、参加者と交流、意見交換をする。

 

私も5月から10月まで埼玉県内で月12回のペースで講演が開かれ、また今後も予定されている。68日(日)には戸田市で新婦人戸田支部の総会に先立って「慰安婦」問題を講演した。40人が参加。翌週618日(土)は女性平和基金15周年記念・憲法フェスタで午前中は宇都宮と健児弁護士の講演「共同の力で憲法お守り、生かそう」があり、午後の分科会で私は(吉川)旧日本具「慰安婦」問題を学ぶと題して講演。これから発売するDVD「ナヌムの家のハルモニ いのちの証言」の試写も行われ140人が詰めかけた。

 

志位委員長の「見解」発表を受けて福岡県委員会でも学習会が開かれ、そのほかでも活発な学習会に具島順子さんが飛び回っている。こうした流れが各県で共産党を中心に巻き起こっているとすればとてもうれしい。各地での情報がもっと聞きたいところである。

ハルモニの生きた過酷な人生を絶対に繰り返させないために、全国で学習会を行い日本国民の心に「慰安婦」問題解決の火を灯してゆきたい。

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(新婦人埼玉県本部6.14憲法フェスタ、会場にあふれた「慰安婦」学習会)


 

2014年6月 4日 (水)

第12回日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議と日本のNGOの重い課題

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   私の話を忘れてしまう日本の皆さんが怨めし 

531日から62日、第12回日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議が在日本韓国YMCAで開かれた(写真・左)。6月2日午後には衆議院第1議員会館大会議室で「院内集会」が開かれた。共産党からは志位委員長、赤嶺政賢、高橋千鶴子議員、他に辻本清美(民主)福島瑞穂(社民)議員らが参加した。(国会には数百人の議員がいるのだ!)その前には議員会館前でスタンディングデモも行われた。(写真右)

 

中国、インドネシア、フィリッピン、韓国、の被害者と東ティモールの支援者の生々しい訴えがあったがとりわけイ・ヨンスさん(91歳)の「ここまで来てなぜこのような話をしなければならないのか。何度も証言している私の話を忘れてしまう日本の皆さんが恨めしい」との訴えは胸にこたえた。

 

今回の院内集会には17か国の大使館が参加し、特にアフリカの大使、大使館の代表が大勢参加した。代表してカメルーン大使が「外交官として答えは愛である。こういうことが二度と起こらないようにするためには平和な社会を」と訴えた。 

 

 

2セッションでは日本軍「慰安婦」問題解決のために―日本政府への提言が発表された。 

 

説明した川上詩朗弁護士は①河野官房長官談話に不十分さがあるとすれば「軍が主体であることが明記されていない事である。『関与』(河野談話)ではない、主体であることをはっきりさせるべき」、②本人の意思に反して「慰安所」へ入れられた、強制であることを認める事(「河野談話」に明記されている)として、これは日韓関係ではない東南アジアを含む問題であり、日韓の政治決着では済まされないと強調した。そして事実を認めない謝罪は空疎である、事実をしっかり認めたうえで謝罪すべきだと強調した。 

 

<政府への提言>の資料が多数積み上げられた。吉見義明中央大学教授から詳しい説明があった。『慰安婦』問題に対し日本政府がいい逃れようもない国内外の多くの資料が、研究者や、NGOの努力によって発見された。 

 

主催者の簗澄子さんからは「被害者の納得できる謝罪を」と言う事が強調された。当然のことである。「アジア女性基金」の轍を踏まない謝罪・補償をどうすれば実現できるか。私たち日本のNGOは重い課題を背負っている。

(「日本政府への提言」は別項参照) 

 

  動かない世論と、対峙する日本のNGO

 

いったい何回、何十回被害の証言をすれば日本政府は動くのか。「証言を忘れてしまう皆さんが恨めしい」というイ・ヨンスハルモニの投げかけを私たちはどう受け止めればいいのだろう

 

政府は解決になぜ動かないのか?それは国民の世論が動かないからであろう。日本人の多くが「慰安婦」問題に注目し、謝罪・補償をすべきだと考えていれば、安倍内閣も動くのだ。北朝鮮の拉致問題が一例である。 

 

日本人の多くは「慰安婦」問題に目を背けている。昔の事であり、外国の女性の事である。あの戦争で日本人も被害を受けたのだ、父祖の世代のしたことに戦後世代の自分には責任はない、云々かんぬん… 

 

「慰安婦」問題のカギを握るのは世論である。安倍内閣や自民党を厳しく批判するだけでは、「慰安婦」問題は解決できない事を、私は20年間この問題を追及してきて思い知らされた。 

 

安倍内閣がしゃにむに進めようとする憲法9条の形骸化に対して、今これに反対する大きな世論が形成されようとしている。安倍内閣は何度も戦略を練り直しては試みているが、世論は彼らに簡単に靡かない。戦後70年間の平和運動の価値が今試されようとしている。それは息をのむようなせめぎあいではあるが、守り抜ける兆しがないわけではない。 

 

日本軍「慰安婦」問題に対しても、すそ野の広い世論形成を急がなければならない。国際社会が何と言っても馬耳東風と言わんばかりの日本国民の考えを変えねばならない。

 

被害者の皆さんの心は痛いほどわかる。日本政府の犯罪的行為を立証する資料だって山のようにあるのだ。それでは、この間私自身の努力にかけていたものは何なのか。日本のNGOとしてなすべきことは何か。このことが問いかけられた、アジア連帯会議であった。(吉川春子記)

{別項}

 12回日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議 日本政府への提言

 

日本軍「慰安婦」問題解決のために

 

 今、全世界は女性に対する重大な人権侵害であった日本軍「慰安婦」問題の解決を、日本政府に切実に求めている。日本軍「慰安婦」問題を解決することは、近隣諸国との関係を正常化する第一歩であり、世界平和に資するための基礎を築くことである。そして「解決」とは、被害当事者が受け入れられる解決策が示された時にはじめて、その第一歩を踏み出すことができる。

 

 では、被害者が受け入れられる解決策とは何か。被害者が望む解決で重要な要素となる謝罪は、誰がどのような加害行為をおこなったのかを加害国が正しく認識し、その責任を認め、それを曖昧さのない明確な表現で国内的にも、国際的にも表明し、その謝罪が真摯なものであると信じられる後続措置が伴って初めて、真の謝罪として被害者たちに受け入れられることができる。

 

 戦後も心身に傷を抱えて被害回復ができないまま苦しみの人生を生きてきた被害者たちが高齢化した今、日本がこの問題を解決できる時間はもうあまり残されていない。12

 

日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議に参加した被害者と支援団体と参加者は、日本政府が「河野談話」を継承・発展させ以下のような事実を認めた上で、必要な措置を講じることを求める。

 

日本軍「慰安婦」問題解決のために日本政府は

 

1.次のような事実とその責任を認めること

 

  ① 日本政府および軍が軍の施設として「慰安所」を立案・設置し管

   理・統制したこと

 

  ② 女性たちが本人たちの意に反して、「慰安婦・性奴隷」にされ、

   「慰安所」等において強制的な状況の下におかれたこと

 

  ③ 日本軍の性暴力に遭った植民地、占領地、日本の女性たちの被害に

   はそれぞれに異なる態様があり、かつ被害が甚大であったこと、そ

   して現在もその被害が続いているということ

 

  ④ 当時の様々な国内法・国際法に違反する重大な人権侵害であったこ

   と

 

2.次のような被害回復措置をとること

 

①翻すことのできない明確で公式な方法で謝罪すること

 

②謝罪の証として被害者に賠償すること

 

③真相究明:日本政府保有資料の全面公開

 

      国内外でのさらなる資料調査

 

      国内外の被害者および関係者へのヒヤリング

 

   ④ 再発防止措置:義務教育課程の教科書への記述を含む学校教育

    ・社会教育の実施

 

   追悼事業の実施 

   誤った歴史認識に基づく公人の発言禁止及び同様 

   の発言への明確で公式な反駁

 

 201462 第12回日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議

 

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