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2013年6月

2013年6月27日 (木)

加害国の国民であることを忘れてはならない~「日本軍慰安婦問題を語る」の感想文(抄)

 

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(越谷新婦人学習会の会場風景) 

6月8日に開かれた、埼玉県新婦人越谷支部学習会は93人が参加するという盛況でした。吉川の講演について感想文が届きましたので以下に、一部掲載します。

① 橋下、安倍らの言動は怒りを覚えるし、外国に対しても恥ずかしい気持ち。だが、自治会や地元の人々の集まりではやはり橋下のように考える人が多い、または無関心である、どうしたら変えられるのか、選挙前に焦りを感じる(60代)。

②『慰安婦』問題は日本人にとってはあまり触れたく問題であることは確かである。自分もできるだけ目をそ向けたいと思ってきた。しかし、侵略、戦時下の暴力を学び女性への差別や暴力に向き合わないといけないと思うようになった。「ナヌムの家や、国際裁判にも関心を持ってきたが「運動」としてどう広がるかなど具体策、積極的提案を受け止められなかったと反省している(60代)

③今日の講演で慰安婦及び慰安所の多さに驚いた。日本政府は早く被害者に補償すべきだ。日本人として恥ずかしい。戦争への道を止めることだ。日本共産党が一人でも多く当選されることを祈る(60代)

④大学時代にハルモニ達の証言の本を読み従軍慰安婦問題について勉強した。しかしハルモニ達の証言は想像を絶していて最後まで読むことができず目をそむけた、今日参加した事を契機に改めて自分で勉強知ろうと思った。「日本の負の歴史」を学び彼ら、彼女らと心から向き合っていきたいと思う(20代)

⑤理路整然としていてわかりやすかった。今でも「従軍慰安婦」という言い方ではなく「戦時性的強制被害者」と表現することを初めて知った。…女性の人権を守る意識の薄さが、性奴隷で会った事を否定する根拠ではないか、戦争における女性の性の問題はこれからの教訓にしなければならないと思う。慰安婦問題をないがしろにすることは権利や人権意識のなさ憲法改悪につながるのだと思う(70代)

⑥欧米のマスコミが”慰安婦”ではなく性奴隷(sex slave)という実態をついて表現を使っているのは当然である。このおぞましい現実におののく。日本的発想の典型である。全て言葉のあや、言い換えで逃げ回っている。そのつけが今世界から非難を受けている惨状を引き犯している。日本全体を覆っているファッショ的空気がこの国の将来を奈落の底に突き落としかねない。(70代)

⑦慰安婦問題についてきちんと自分自身勉強した。教えられた記憶は少ない。子どもたちにはきちんと日本史を学び世界の人々に恥ずかしくない正しい知識を学校で教えられる環境が必要だと思う(30代)

⑧知らない事がいっぱいだったが大部心に落ちた。日本は加害国民であることを忘れてはならないとおもった。越谷からも意見書を出したい。私達も一歩踏み出さなければ(60代)

⑨慰安婦問題は天皇の戦争責任もあいまいだったのではないか。人間を否定する戦争はあってはならない。憲法を守る運動と憲法が生かされた者にしていく大切さを痛感した(60代)

⑩大変わかりやすい話だった。加害行為を何時までも認めようとしない政府にいかりを感じている(70代)

⑪名乗り出た慰安婦の方たちの思いをもっと深く受け止め、解決のために生かさなければと思った。平和こそ女性の人権が尊重される、再認識した(?才代)

⑫91~92年ころ本屋で「慰安婦…」という本に目が留まり、数冊読んでとてもショックだった。橋下発言をマスコミが大きく取り上げているがなにも解決(反省)していない…私も口を閉じてはいけないと思った、ささやかだけれど活動を続ける(60代)

⑬話を聞き、日本は本当に世界から見て戦争への反省をしていない…自分も反省した。自分の住んでいる所で声を出して行く事が大切だと思った(50代)

⑭講演を聞いて日本軍がアジアの人に対して行った数々の残虐行為を改めて知り反省の気持ちを心に刻んだ。反戦を訴える国会議員、地方議員が大勢議席が増えるように頑張りたい(70才代)

⑮長い苦しい年月がいつまで続くのか。しかし今世界に認識されるようになり一押し、一押しだ(?才代)

⑯慰安婦を認めるのは辛いし、嫌で聞きたくないと思う。でも中国、韓国。フィリッピン、インドネシア等アジアの人は日本を信用していない。反省し続けて行かねばと思った。1980年代に中国に留学していたが中国人から「戦争を反省し過ちを認めてほしい」、と言われた。その思いを何時も心において行こうと思う(40代)

⑰慰安婦が生きているうちに正式に日本が謝ってほしい。ただしい歴史認識を若本達に伝えたい。オランダフィリッピンの事は初めて知った(50代)

⑫ドイツから何を学び、どう行動するか、日本は問われている(60代)

⑬学校で近代史を教えてもらってなかった事を今日の学習で気が付いた(60代

2013年6月23日 (日)

6月は紫陽花、そして母親大会(地方)

6月23日(日)

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(写真は伊勢崎平和委員会学習会主催者の皆さんと吉川) 

茨城県守谷市で県母親大会が開かれ、私は午前10時から十二時半迄、第7分科会の「女性の人権と平和-一刻も早く日本軍「慰安婦」問題解決へー」に、助言者として参加しました。

 会場は高校の普通教室だったため定席が40程しかなく、他の教室からも椅子運んで来て、45名の参加者で超満員となりました。遅れて参加した方は入れず十数名の方が引き返してゆく姿を、講演をしながら目にして、とても残念な思いがしました。主催者の予想を超えた参加者があったのは、主催者の奮闘と、橋下市長の発言の効果?もあったのでしょうか。

 75分の吉川のパワーポイントを使っての講演の後、会場の参加者から大変貴重な意見と質問が出ました。以下にその一部を記します

① 98歳の女性「こう州で「慰安婦」に会った。それは事実だった」と証言されました。また特攻隊の基地の傍に住んでいたので若者達の世話をしていた。「お母さん」と慕われ、出撃の時は若者たちは自分の家の上空高く3回旋回して飛び去った。戦争は絶対いけない。

② 6歳の時、東京大空襲にあった。戦争は絶対いやだ。女性達ももっと「慰安婦」問題に関心払ってほしい。

③中三の時に同級生の(在日の)男の子が「国境の町」(東海林太郎の?)をうたった事が心に残っている。祖国が恋しかったのだろうと。また(強制連行された朝鮮人が掘った)松代の地下壕に行った時に朝鮮人の名前が壁に彫られていた。「朝鮮人とバカにするな」と抗議した友達もいた。日本の女性がもっと自立して、国政の場にも出てかしこくなってほしい。

④義父の友人が戦争中に「慰安所」に通い性病をうつされ、後に結婚しても子どもが生まれなかったと聞いたことがある。いままで、「『慰安婦』は志願していった」とか、給料を一杯もらっていた」とか聞かされていたが今日の話しで真実がよくわかった。地域で事実を広げて行きたい。

⑤取手市議会は橋本発言の撤回決議を女性議員7名の提案で提出して26名中2名の議員の反対のみで採択した

⑥何を学ぶかまだ迷いがあったが今日は来てよかった。身近なところから変わらなければと思う。「9条が大変な時に『慰安婦』の事を言って!と批判されたが…。自分は子どもの頃中国にいて通学路に2か所も「慰安所」の前を通って学校に通っていた。

⑦男性から質問「(非ナチ化を進めて戦争犯罪を厳しく裁いたというが)ドイツと日本の違いはどこにあるのか、国民のものの考え方が違うのか

⑧自分はジャーナリストとして遺骨収集にも同行したが、男だけの酒の席では必ず『慰安婦』の話しが自慢げに出る。戦場を連れ歩いて、最後は殺した…など。

 皆さんのお祖父さん、お父さんが加害者であることを考えてほしい。加害の歴史の声を収録してほしい。(本人はいなくなっても)その兄弟とか、お母さんとかは知っているはずだ。そうしないとあなた方の子どもや、孫には加害の事実は伝わらない。自分は外国に取材に行くととても厳しい批判を受ける。

 最後に申し合わせ事項として、もっと身近な地域から「慰安婦」問題を取り組み、地方議会に意見書を上げよう、という点が確認されました。

 6月15日(日)は、埼玉県春日部市で母親大会が開かれ分科会の一つに『慰安婦』問題が取り上げられました。30人の参加でした。

 会場入り口には、埼玉在住の画家が描いた100人の元「慰安婦」の顔のスケッチの一部と、簡単な経歴が張り出され、関心を呼びました。これは埼玉AALA連帯委員会所蔵のものです。

 埼玉土建が『慰安婦』署名を集めて毎年国会に提出している事が報告されました。

 「ドイツの生き方と日本がなぜ違うのか、日本は安倍首相をマスコミがもちあげすぐるのではないか」

[教育されていないので『慰安婦」について知られていないのではないか」

[隣の宮代町で意見書を採択しているが、春日部で採択したらもっと影響力があるがろう(人口が二十数万年なので)」等活発な意見が出されました。

 上記の他、6月の『慰安婦』問題の学習会(吉川春子の講演)の主なものは以下の通りです。

○6月2日(日)主催:かながわ日本軍「慰安婦」問題を考える会・場所:横浜駅前

民センター

○6月8日(土)午後 主催:越谷市新婦人内後援会 場所:越谷市民会館

○6月8日(土)夜 主催日本共産党演説会 場所:武蔵浦和駅前南区役所公民館

○6月15日(土)主催:群馬県伊勢崎平和委員会 絣の里 市民交流会館

(写真下左・春日部母親大会 右・越谷新婦人内後援会主催者あいさつ―93名参加)

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2013年6月21日 (金)

埼玉県宮代町議会で、サンフランシスコ市議会で橋下発言撤回決議採択

6月18日、埼玉県宮代町で橋下市長の「慰安婦は必要」発言の撤回を求める決議が以下のように採択されました。賛成7 反対6、で賛成討論を丸藤栄一議員が行いました。

橋下徹大阪市長の「慰安婦は必要」発言の撤回を求める決議

5月13日、日本維新の会の共同代表である橋下大阪市長が、記者会見で「慰安婦は必要だった」と発言したことに関して、国内はもとより、韓国、アメリカなど海外からも大きな怒りと批判を呼び起こしている。

 橋下市長は、また、沖縄に駐留する米軍海兵隊司令官に「風俗業を活用すべきだ」と発言した。その後発言は取消し、謝罪したが、言葉を重ねるごとにそれは詭弁になり、幾重にも女性の人権と人間の尊厳を踏みにじる発言になり、看過できない。

橋下市長が、「慰安婦」必要論に固執し続けることは、人権を踏みにじられた元「慰安婦」の方を深く傷つけるものであると同時に、基本的人権を尊重する日本の品格を貶め、日本の女性をも軽視することになる。

 このことはアジア諸国と日本の友好を大きく損ない、将来に負の影響をもたらしかねない。

よって、本町議会は橋下市長に対し「慰安婦は必要だった」とする発言に抗議し、発言の撤回と謝罪を強く要望する。

以上、決議する。平成25618日 埼玉県宮代町議会

また、米サンフランシスコ市議会(定数11人)でも全会一致で橋下氏の発言撤回を求める決議が採択されました。(しんぶん『赤旗』6月21日)

内容は①橋下氏の態度、発言を強く非難する、②日本の国会が戦時中の残虐行為を公式に認める法律を採択するよう、オバマ大統領と米議会が日本側に働きかける、③サンフランシスコ・リー市長が姉妹都市の市長としてこの決議を大阪市議会に届ける事、等です。

橋下市長は6月11日からサンフランシスコを訪問の予定でしたが発言に対する批判の高まりから中止しています。

2013年6月12日 (水)

第10回『慰安婦』問題とジェンダー平等ゼミナールへのお誘い

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(『東学農民戦争と日本 もう一つの日清戦争』中塚明、井上勝生、朴孟沫・共著、高文研3013年6月20日第1刷)

再びのお知らせ

 先にお知らせしたように私達は、中塚明・奈良女子大学名誉教授をむかえて

 歴史を踏まえずして未来を語れるかー江華島事件から「慰安婦問題へ、そして今の日本ー、と題してゼミナールを開きます。その際の参考文献ともなる著作が6月20日に出版されますのでお知らせします。中塚明氏と、井上勝生・北海道大学名誉教授、朴孟沫・韓国・円光大学教授の共著です。なおこの本はゼミナール当日出版社の担当者が来て販売されます。

 明治維新から日清、日露戦争までは日本の指導者もしっかりしていたが、昭和の太平洋戦争では日本はめちゃくちゃな事をやった、という明治栄光論の中心的著作は司馬遼太郎著「坂の上の雲」ですが、本当にそうなのか、という疑問が中塚先生の持論です。本著は「もう一つの日清戦争」というサブタイトルがついています。 学校教科書でも教える東学農民戦争ですがこの歴史を深く顕彰して、日本のジェノサイドの事実も暴くという学校の授業では触れられなかった事にもメスを入れます。

 明治栄光論が進歩的な歴史学者にも深く浸み込んでいて、「慰安婦」問題が解決できない国民的土壌がはぐくまれた来たのではないか。歴史は全くの素人の私ですが、中塚先生の講演に期待を寄せています。『慰安婦』問題が日本外交の躓きの石となっています。この問題解決なしには東アジアの平和はなく、日本の安定、民主主義も中途半端になると私は恐れています。

 歴史を深く学び、『慰安婦』問題解決の糸口をご一緒に探ろうではありませんか。(吉川春子記)

                     記

 日時:2013年6月30日(日) 13:00-16:30

 場所:渋谷区女性センターアイリス(渋谷区文化総合文化センター大和田8F)

  テ―マ

 ●歴史を踏まえずして未来を語れるか

  -江華島事件から「慰安婦」問題へ、そして今の日本ー

 ●講師

  中塚明 奈良女子大学名誉教授

 <交通>

JR渋谷駅西口下車 徒歩5分

当日連絡先:090-4227-7478

<参加費>

1000円(学割500円)

2013年6月11日 (火)

『慰安婦』問題のようなことがなぜ起きるのか、考える―講演

10回「慰安婦」問題ジェンダー平等ゼミナールへのご案内

 当ゼミナールは、2010年発足以来3年、行動と学びを積み重ねてきました。

「慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」という橋下発言をめぐり、女性団体をはじめ、日本の各地、アジア、世界から、抗議と批判の声があがりました。同時期に開催中であった国連の社会権規約委員会、拷問禁止委員会からは、日本政府に対して厳しい勧告が出されました。

 「橋下発言」の前提には、アジアへの侵略戦争を肯定する「歴史認識」があり、安倍首相の認識と同根であることはあきらかです。しかし、日本にはまだまだこういう認識を許す、根深い問題が横たわっていることは、みなさんも草の根で活動されている中で実感していることと思います。この機会に日本人として、解決へと向わせる絶好のチャンスととらえ、問題の核心を深くつかむことが重要であると考えます。

 当ゼミナールは、近代日本と朝鮮問題を研究されている中塚明先生を講師に、学習・討論のつどいを予定しておりました。「橋下発言」をめぐって行動をともにしてきた多くの方々に、“ごいっしょに学びませんか”と広く呼びかけるものです。

◆テーマ◆   歴史を踏まえずして未来を語れるか

   江華島事件から「慰安婦」問題へ、そしていまの日本ー

◆講 師◆   中塚 明

 奈良女子大学名誉教授

プロフィール*

 1929年生まれ。1960年代から近代日本と朝鮮の歴史を主な研究テーマに活動。歴史科学協議会代表委員、日本学術会議会員などをつとめる。主な著作に『日清戦争の研究』(青木書店)『近代日本と朝鮮』(三省堂)『歴史の偽造を正す』『これだけは知っておきたい日本と韓国の歴史』『司馬遼太郎の歴史観』(高文研)

日 時 2013630日(日)

13時~1630分         

場 所 東京・渋谷区女性センター・アイリス

(渋谷区桜ヶ丘町2321 03-3464-3395 

JR渋谷駅西口徒歩7分/渋谷区文化総合センター 大和田8階) 

参加費  1000円(学割500円)※当日連絡先090-4227―7478

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(写真は講師の中塚明先生の著書・高文研 2007.5.20 第1刷)

2013年6月 9日 (日)

絵で語る子どもたちの太平洋戦争ー毒ガス島・ヒロシマ・少国民

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(写真左・「絵で語る子どもたちの太平洋戦争」ー毒ガス島・ヒロシマ・少国民ー」表紙

写真右・授業で出征兵士に贈る『武運長久』のたすきを作る女学生(P50 )ー岡田黎子画

下タージマハールの絵の前で語る岡田さんと吉川)

 

 広島県三原市の元美術教師の岡田黎子さんが 語り画集、「絵で語る子どもたちの太平洋戦争」を出版しました。この本は美術教師であった岡田さんが精魂こめて描いた絵に短い文章が付されていて当時の子どもたちの戦争動員がどのようなものであったか、とてもわかりやすく書かれています。

 

 同時にその絵はなんとも美しく、人間は優しく描かれていて思わず引きつけられてしまいます。岡田さんはこれまでも自らの学徒動員の経験を絵に描いて日本の加害責任について告発していますが今回はその二冊(『大久野島・動員学徒の語り』(1989.12.15)、『子どもたちの太平洋戦争』(2009.12.8))を一冊にまとめ「加害者となって」という1文を追加しています。北京やパリ、アメリカに何百冊も自身の著書を贈ってきました。

 

 私(吉川春子)は、国会議員として中国のチチハルからはるばる陳情にやってきた毒ガス被害者の陳情を受けましたが、悲惨な被害を聞いて、こんな恐ろしいガスを日本のどこで製造していたのか疑問を持ちました。そして大久野島で動員した生徒たちに毒ガスを作る手伝いをさせていた事を知りました。

 地元の生徒が学徒動員されて、授業に通うのではなく毒ガス作りをさせられていたという恐ろしい事実があったのです。戦時中は厳重に秘密保持を求められ子どもたちは自分の親にも本当のことを語れなかったのです。

 私は「アジアの花たちへ―「慰安婦」問題と格闘した国会議員の記録」(かもがわ出版・2009年)に、岡田黎子さんとの対談を載せました(P169~205)。この時岡田さんは毒ガスと風船爆弾を作らされたという体験を語り、「自分は戦争加害者だと知った」と、御自身の著書『大久野島・動員学徒の語り』 の出版の動機を話されました。この本はアメリカ、フランス、中国に数百冊を寄贈し、大きな反響を呼びました。

 加害行為の反省への温かい返事

 岡田さんは語ります。「返事なんかは期待していなかったけれど、悪かったことはわるかったとゆうて(言って・広島弁・吉川注)、仲良くしておかなければという気持ちだった」と。

 しかし、「あなたの手紙を見てこれまで日本人を憎んでいたけれど日本人に対する気持ちが変わった」という反応もありました。そしてほとんどの手紙に「あなたが悪いのではない、日本軍国主義が悪いと、周恩来がそういう考えだった」と書いてありました」。そして文末には「前時不忘 后事之師」と結んであったそうです(「アジアの花」P197 )。

 加害意識のないクラスメイト達

 ところで、岡田さんは中国へ贈る著書に付ける謝罪文に、かつての大久野島に動員された学徒に、自分と一緒に署名してほしい、と頼みましたが断られたそうです。「岡田さんがまんが書いてからに何をしょるんか。署名はすまいで。(しないの広島弁・吉川注)」といわれてしまいました(同・P197)

 

 確かに、動員学徒に加害意識を問う方が酷かもしれず、加害意識がないことは当然で、岡田さんのような方は稀有の存在ではりりましょう。

 原爆、大空襲、満州からの引き上げ等々、日本人全体が戦争被害者であったという強烈な思い出戦後を生きてきた日本人です。

 

 岡田さんは語ります。「平和運動も被害面と加害面の両輪でこそ真の平和希求運動だと私は思います。若い人達が被爆国の国民としての自覚を持って、人類の滅亡につながる核の廃絶を希求して平和運動をされているように、過ちを繰り返さないために、加害面も自らの問題として受け止め、平和運動として根つかせてもらいたいと思います」(本著P75)

 

 本書は、自分の蒔いた種で自分だけではなく、どれほどアジア諸国の人民を痛めつけたかの事実とあまり向き合ってこなかった日本人民(為政者は当然ですが)に対する痛烈な反省を突き付ける絵本となっています。

(著者プロフィール 岡田黎子 1929年広島県生まれ 大久野島毒ガス製造工場に学徒として出勤。1945年8月に被爆後の広島に救護活動に行く。1952年京都市立美術専門学校卒。1963年―1985年迄中学、高校美術担当教師)

発行所 文芸社 03-5369-3060  定価1300円

(写真左・竹やり訓練の授業を受ける女学生(P36)、写真右・戦死者の遺骨を出迎える少国民(P53))

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