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2013年5月

2013年5月29日 (水)

具島順子さん、福岡地区母親大会 「女性の人権と平和」分科会の助言者に

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(写真は福岡地区母親大会で講演する具島順子さん)
 
 (「『慰安婦』問題とジェンダー平等ゼミナール」の世話人のお一人、福岡在住の具島順子さんから、福岡地区の母親大会の報告が寄せられましたのでご紹介します)
 私は2000年東京で開催された「女性国際戦犯法廷」全日程参加以来13年間、福岡をはじめ各地で「慰安婦」問題の語り部をしています。
5月25日、母親大会には、「橋下暴言」で怒り沸騰の今、「慰安婦」問題の真実が知りたいと、満席の61名が参加しました。 まず、集会は「終わらない戦争」のDVD上映で始まり、国籍の違う「被害者」たちの心身に負う傷の深さに涙する参加者もありました。
 
 
 私は、「河野談話」とその発表に至る綿密な2年の調査資料を配布。「本人の意思に反して・・」と三度も「強制連行を認めている」ことは綿密な調査に裏づけられていることをお話ししました。
 橋下氏は弁明に追われていますが、「橋下暴言」は、「最初の発言が彼の本意」であり、「みんな鮮明に記憶しており」「誤解などだれもしてい」ません。しかも「兵士の休息に慰安婦は必要」の持論は撤回していません。
 沖縄で米兵に「風俗の利用を勧める」(後に外国人記者クラブで撤回・謝罪)に至っては公人たる資格はありません。琉球新報の社説は「認識の根本が間違っている」(5・18)と指摘しました。新婦人新聞(5・23)の川口和子弁護士は女性国際戦犯法廷の日本検事団団長の「公人として、弁護士として、人間として許されない!」と「橋下暴言のまとめ」を資料として配布しました。
 反人道的な犯罪を擁護し、歴史認識と人権尊重意識の深刻な欠如をさらけ出して恥じない人物が大阪市長として選出されていることの「民意」を考えざるを得ない点にも言及しました。
 
 韓国から高齢・病身に耐えて「証言集会」に来日中の87歳、84歳の日本軍「慰安婦」被害者に、撤回はしないのに「面会して、謝罪する」に至っては「落ちた自分の威信を取り戻すためのパホーマンスをメデイアの前で演じるために「慰安婦」被害者を利用するもので、この「橋下市長の魂胆」には何度「慰安婦」被害者を痛めつけるのか・・・と満場に怒りが満ち満ちました。許しがたいことです。
 「今こそしっかり学び合いましょう」という事を私からの終わりのメッセージとしました。

2013年5月26日 (日)

日本は過去にこんなひどい事をした理由―授業の結果、中学生達の見事な分析

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(写真上段・左―会場風景、右・講演する小堀氏、下段・主催者の柴田さんと丸藤宮代町議) 

5月25日(土)、埼玉県宮代町立図書館でパネル展「『慰安婦』問題ってなあに」が開かれました(5月24日・金~26日・日)。宮代町議会では2011年に「『慰安婦』問題の解決を求める国への意見書」を町議会が上げています。今回はこれに引き続く『慰安婦』問題解決を目指す第2弾の取り組みです。

 会場は東武動物公園の東ゲートに隣接しており、のどかな田園風景が広がっています

 埼玉のNGOでは『慰安婦』問題への取り組みが早くスタートしています。

 初めて『慰安婦』だったと名乗りを上げた、韓国人のキム・ハクスンさんを招いて証言会を行った事、埼玉会館ホールで、映画「ナヌムの家」の上映を九十年代いち早く実施した事、今日まで十数年にわたり「解決を求める署名」を毎年国会に請願し続けている事等、埼玉・アジア・アフリカ・ラテンアメリカはじめ民主団体が中心になって先駆的に『慰安婦』問題に取り組んできた記録と写真が、このパネル展では展示されています。百人の「慰安婦」被害者の顔のスケッチも圧巻です。 

 特別企画として、「慰安婦」問題を学ぶ中学生」の講演を小堀俊夫・元中学校教諭が行いました。会場ぎっしりの50人以上が話しに聞き入っていました。 小堀さんは橋本発言について、[こうした考えの人は政治家にならなければよかったと思う。背後には(同じ考えの)沢山の男性がいる」と語り、最近号の「週刊ポスト」誌に小林よしのり氏の「慰安婦は必要だった」の記事が掲載されたことを紹介しました。

 『慰安婦』の授業を行う決意をしたのは中学生の弁論大会だったとの事。「慰安婦」を語るには日本兵の加害の事を語らねばならないと、埼玉県在住元兵士の鈴木良雄氏を招き、生徒の前で証言してもらいました。鈴木氏は「焼き尽くす、奪い尽くす、殺し尽くすという』日本軍の三光作戦に終始参加した自分の行った事を生徒に話しました。ある時の作戦中に、とある民家に踏み込むと若い女性と赤ん坊がいた。鈴木さんは「チャンコロ(中国人の蔑称)のくせにガキなんか産みやがって」と腹を立て、母親が懇請するのを無視して赤ん坊を殺してしまいました。

 鈴木氏は婚約者が日本にいたので当初は「慰安所」には通いませんでした。しかしいつ帰れるかわからない、自分を待っているのは死しかないと考えるようになり、鈴木さんは人並みに「慰安所」にも通うようになり、又掃討作戦の時に中国人女性を強姦もしました。

 小堀氏(元教師)は日本兵に違和感を持っていたので兵士の心に寄り添う気にはなれなかった。しかし兵士の気持ちを分析すれば、日本兵は死ぬしかない。死ななければ帰ってこれない。将来に対する見通しはない。鈴木さんの置かれていた状況を生徒にきちんと伝えなければフェア―ではないと考えました。

 授業で生徒たちに「日本は過去になぜこんなひどい事をしたのか、その最大の理由は何か?という質問をぶつけました。その回答は見事なものでした。次のように五つに分類できます。

 ①朝鮮人達を見下していた、差別していた、②自分たちの力を見せつけたい等のえらい、おごり説、③戦争でストレスがたまっていたとのストレス発散説、④いやな戦争を忘れたい説、⑤戦争で善悪の区別がつかなくなった等心が変わってしまった説。中学生達は立派に『慰安婦』の授業を受け止める力のある事が証明されたわけです。

<吉川コメント>

 会場で聞いている人は男性の方が多く、小堀氏の男性の心理にも寄りそい分析する講演は、中学生たちのみならず会場でも納得されたと思います。『慰安婦』問題解決のためには男性の人権無視でもあった『慰安婦』制度について、幅広い層に働きかけ世論を高めることがが必要です。

2013年5月24日 (金)

橋下発言に抗議する院内集会は大盛況

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(写真・開会前から会場の参議院会館講堂は多くの人で混雑した)

 5月22日水曜日、女性の人権を尊重する政治を!橋下発言に抗議する院内緊急集会が、参議院会館講堂で開かれ、定員の200名を上回る400人が会場を埋めました。実行委員会の共催団体に名を連ねたのは235団体です。私達の「『慰安婦』とジェンダー平等ゼミナール」も共催団体に加わりました。かなり短い期間の呼びかけですが女性の人権確立に活動している団体(NGO,NPO)が如何に多いかを示す数字です。会場には、橋下大阪市長・維新の会共同代表への怒りが渦巻いていました。

 はじめに国会議員から一言挨拶があり、紙智子(共)、福島みずほ(社民)、辻本清美、田代かおる、郡たつこ、大河原正子(以上民主)他の各議員から挨拶しました。

 来日中の元「慰安婦」の方の沖縄、広島の集会での証言活動が池田恵理子さん(wam)よりパワーポイントで紹介されました。ご本人達は日本のテレビで連日報道される[橋下発言」に傷つき、体調を崩しておられる由です。5月24日に予定されていた橋下市長とは、もう会わない、会う必要もない、と報告されました。

 梁澄子(ヤン・チンジャ)、日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表より基調報告的な発言がありました。続いて長井好子[公人による性差別をなくす会」、上野千鶴子さん、ウイメンズネットワーク・ラン、エッセイストの北原さん、ワンストップセンター女性救援サチコノ産婦人科医、弁護士、男性(団体名を聞き逃す)、アムネスティ・インターナショナル、かにた婦人の村、天羽道子施設長、性暴力禁止法を作るネットワーク等から発言がありました。

 聞いていて(吉川春子が)感じたことは、第1に女性の人権侵害の発言を公然と行って世論からこれだけ批判されてもなお反省もない橋下氏への怒りです。女性の人権とは何かについて全く理解していない人物であることが一連の発言から暴露されました。「風俗利用云々」に至っては女性を金で自由にする事を肯定し、買春、売春の場におかれている女性達が性奴隷的扱いを受けていることに思い至らない鈍感さにあきれます。

こうした人物が衆議院第3党維新の会の共同代表で、大阪市長である事の異様さを感じないわけにはいきません。民主党議員が「橋下市長を選んだのは有権者ですからね」と厳しい発言がありました。彼女が引き揚げた後ですが、これに対し梁さんからは、「そういうけれど、民主が政権を取り解決の兆しが見えた時に何もしなかったではないか」との反論がありました。野党3党法案提出者の民主が政権をとったのですからみんな期待したのでした。

 民主議員の発言はその通りですが、政治家たるもの自分(あるいは所属している党)のしてきたこととの関連で物を言わなくてはならない、ということも事実です。難しい場面だなと私は、元国会議員としての感想を持ちました。

 

 何よりも発言者達からは、橋下発言の土壌は、「慰安婦」の強制連行」否定を繰り返し、(「歴史修正主義者」と海外メディアから批判されている)安倍総理の歴史認識であるという趣旨の指摘が相次ぎ、憲法改正を許すなと強調されたことに、私は強く共感しました。

 憲法を改正し、再び戦争のできる国へと日本を変えようとする安倍内閣と自民党への批判が、 橋本発言抗議という形で噴出したものです。ここに集まった人々は日本社会では先進的な女性の人権を守る活動をしている方々であると思います。今回の橋下発言の怒りを、女性の人権を守る政治へのさらなる飛躍にしたいものです(了)。 

2013年5月19日 (日)

東京北区、台東区で相次いで「慰安婦」学習会

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 5月10日金曜日夜、東京北区、JR王子駅ちかくのホクトピアで、新婦人、母親連絡会のj呼びかけで「忘れないで ハルモニを!」と題して「慰安婦」問題の学習会が開かれました。吉川の「草の根からの『慰安婦』問題の取り組みが必要。東京23区はまだ国への意見書を上げた議会はない。ぜひ北区が最初に意見書を上げてほしい」との訴えを受けて、参加者の女性団体の会員の他、北区議、都議候補、衆議院選挙候補から活発な質問と、意見表明が行われました。

質問は

①野党3党の『戦時性的強制問題解決促進法案」の内容について、

②国際世論が高まっているのに『慰安婦』問題が解決しない理由、

この学習会の翌日、件の橋下徹発言がありました。それを見越すかのような日本維新の会の人権軽視の姿勢、橋下共同代表が戦争だからと暴力を肯定している等についての疑問質問が出ました。

④安倍総理が「河野官房長官談話」に対する姿勢が揺れるのはなぜ

⑤国連の勧告にもかかわらず民法改正が進まないが、今の若い人は男女平等に対する程度が鈍い…

意見表明

  さがら北区議からは「北区では『女性の人権ネットワーク』が活動しており、男女平等条例も制定している。この力を持ってすれば東京北区からまず国への「意見書」を上げることは可能だ」と力強い発言。

 曽根都議候補からは、講演聴いて怒りを感じた。男性政治家として重苦しいものがある、北区議会からも「意見書」を上げるべきだ。(吉川の話しで「慰安婦」は兵士に暴力的に扱われたと言ったが)男性(兵士)も明日の命がない気持ちを「慰安婦」に向けてしまう。日本の男性が抱えてきた問題を引きずっている。DVも暴力を奮うのは男性が大半である。当選して、都議会の中でも取り組めるように頑張りたい。(男性からの力強い発言に会場は感激)。

 5月16日(木曜日)

 夜、台東区浅草の生涯学習センターで台東子どもと教科書ネット主催で、「慰安婦」問題と日本国憲法」と題する学習会が開かれました。まさに橋下徹氏の発言への怒りが渦巻く雰囲気の中で開かれました。弁護士、教師、女性団体の会員の皆さんが参加しました。

 「日本にはレジスタンス運動がない事が今日の社会のマイナスになっているのではないか」

 「草の根から国民の意識を変えると吉川さんは言われたが、それはとても難しいことではないか。どうしたらいいか」等々

 また練馬区在住の弁護士さんからは「慰安婦」問題の展示をしたら右翼団体が妨害の訪れた事、それに負けずに頑張った体験の報告がありました。

 最後に闘病中の和田章子さんが病に負けない大演説で会は閉められました

(写真は挨拶する和田さん)

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2013年5月17日 (金)

日本維新の会橋下徹(大阪市長)の発言に抗議し、発言の撤回と辞任を求める声明

5月14日、私達の会は以下の声明を発表しました。

日本維新の会橋下徹共同代表(大阪市長)の「慰安婦は必要」発言に抗議し、発言の撤回と公職の辞任を求めます

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              「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナール

              代表世話人・吉 川 春 子

513日橋下徹日本維新の会共同代表(大阪市長)は「あれだけの銃弾が飛び交う中、精神的に高ぶっている猛者集団に休息を与えようとすると、慰安婦制度が必要なのは誰だって分かる」「国を挙げて暴行、脅迫、拉致をした事実は裏付けられていない」と発言しました。また、同会共同代表の石原慎太郎氏も、それを擁護しました。

この橋下氏らの発言は戦前の日本による侵略戦争を正当化し、「慰安婦」強制連行の歴史的事実を捻じ曲げるとともに日本軍「慰安婦」とされた女性達の長年にわたる苦しみ、怒りを全く理解せず人権のかけらも感じられません。また、「レイプ容認」ともとれる発言は、現代に生きる女性全体への人権無視です。のみならず、皇軍が男性としてアジアの女性たちの人間の尊厳を蹂躙し最も破廉恥な,非人間的な性的行為を強制した行為を弁護するに至ったことは、断じて許容することはできません。これらの発言に強く抗議します。

かつて日本は、中国、東南アジア諸国を侵略するため826万人に及ぶ若者を駆り出し(林博史著「BC級戦犯裁判」岩波新書)命の危険にさらしました。「彼らに休息を与え」るために日本、中国、朝鮮半島、東南アジアの女性達を強制的に性奴隷にした事を「必要だった」と発言することは侵略戦争を全面的に正当化し、当時さえ不法なあり方を肯定するものであり、かつ、第2次大戦後の国際社会の女性の人権思想の発展をも完全に無視するものです。

「強制連行した証拠がない」というのは安倍総理の主張などと同じく、すでに言い古された発言ですが、しかし強制連行の例は枚挙にいとまがありません。第1に河野官房長官談話を発する際に韓国の被害者から聞き取り調査をして強制連行の事実を確かめています。また国際女性戦犯法廷(2000年)、アメリカ下院公聴会(2007年)等、多くの被害女性が来日してあるいは世界各地で自らの体験を語っています。性奴隷とされた自らの体験を語る事はとても苦痛ですがそれを乗り越え勇気をふるって証言しているのです。第2に、中国「慰安婦」損害賠償裁判でも多くの「強制連行」の事実が日本の裁判所によって認定されています。第3に、オランダのBC級裁判でオランダ女性35人を強制的に「慰安婦」にして少佐が死刑、将校と民間業者が禁固刑に処せられたスマラン事件、慰安所桜倶楽部の経営者が禁固10年、東ジャワの憲兵隊大尉が死刑(バタビア裁判)等々裁判記録が残っています。(前掲林博史著書)

であるからこそ、日本軍「慰安婦」制度に対し、同盟国米下院から20世紀最大の人身売買事件と指摘され、EU議会、カナダ、オランダ議会などアジア諸国以外からも厳しく責任を追及されている事実を、橋下氏や石原氏は何と心得ているのでしょうか。

また、沖縄基地で米兵による性暴力が多発している問題の根本は米軍基地があるからにほかなりません。橋下氏がこの問題を棚上げしておいて米軍司令官に「もっと風俗業を活用せよ」などと勧めたことは、全く見当はずれであり許せません。また買春のすすめという女性(男性も)の人権をここでも踏みにじっているのです。

こうした人権感覚のない、「歴史認識」の欠如した人物は大阪市長としてまた政党党首としての資格がないことは明らかです。橋下徹氏はこれらの発言を撤回し 関係者に謝罪すること、大阪市長及び維新の会の共同代表の地位を辞任すべき事を求めます。

私達「『慰安婦』問題とジェンダー平等ゼミナール」は、日本軍「慰安婦」被害者として筆舌に尽くしがたい苦しい体験をされた方々に、日本の謝罪と補償を1日も早く実現するとともに、日本が男女とも人権が尊重されるジェンダー平等の社会の実現のために全力を尽くす決意です。(以上)

2013年5月13日 (月)

映画「リンカーン」とジェンダーの視点

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(写真は「リンカーン」のジャケット 花は母の日の子ども達からのプレゼント)

5月12日(日)

 

 アメリカ憲法第13条はアメリカの奴隷制廃止の画期的な修正である。即ち、次のような条文である。 第1節 奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびその法が及ぶ如何なる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とする時を除く。

 この条文は世界各国の憲法に受け継がれ、日本国憲法第18条にも同じ条文がある。奴隷制を廃止するために、この条文を下院で可決するために大統領のリンカーンは奴隷を財産として財産を築いた資本家を代表する反対派下院議員と如何に闘い、議会で多数派を形成したか、という映画が現在上映されている。スピルバーグ監督、ダニエル・デイ=ルイス主演「リンカーン」である。

 反対派議員が「奴隷を自由にしたら彼らに選挙権を与えなくてはならないではないか!」と議場で演説した時、議場は割れんばかりの怒声が鳴り渡る。そんなことが許されないという回答である。そしてもっと怒声が鳴り響いたのは、彼が「同じように、女性にも参政権を与えると言うのか!」と叫ぶときである。議場には更に割れんばかりの怒声が響き渡った。

 黒人奴隷に選挙権なんてとんでもない、そしてそれは女性に参政権を与えるようなものではないか、というわけである。この議員の演説は当時の米下院議員たちのかなりの共感を得たのである。

 アメリカ独立宣言が1776年に発せられて人権が歌い上げられて90年も経た後のアメリカの人権感覚である。それは白人男性のためのものであって、黒人奴隷や女性は除かれていたのである。フランス革命の人権宣言(1789年)もしかり。映画「リンカーン」のこの短いシーンは女性の人権についての鋭い批判にもなっている。アメリカでは黒人よりも遅れて女性の人権が認められた。ユダヤ人だというスピルバーグ監督の人権感覚を垣間見たシーンであった。そういえば「シンドラーのリスト」も彼の監督作品である。

 ところで、自民党の日本国憲法改正草案は日本国憲法第18条から[奴隷]という言葉を削除しているのだ。日本軍「慰安婦」を連想させる「性奴隷」という言葉を嫌ったのかもしれないが、リンカーンが命をかけてアメリカ憲法に記入し、世界の人権宣言に受け継がれている「奴隷制廃止」の精神を、安倍内閣と自民党はかなぐり捨てようとしている。日本の近現代史に目をつむる安倍内閣は世界の人権闘争にも目を塞ごうとしている。

 自らの命と引き換えに奴隷解放という偉大な1歩を歴史に記したリンカーン。百数十年の歴史の進歩を逆戻りさせようとする某国の首相に後世、どのような評価が与えられるのか。

 

2013年5月 9日 (木)

1938年12月に南京で起きた事-1万人の中国女性を性暴力から救った女性宣教師

5月8日(木)

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(写真左「南京事件の日々 ミニー・ヴォートリンの日記」 訳者・岡田良之助、伊原r陽子、解説・笠原十九司 大月書店1999年11月19日、写真右、今朝開いた庭のバラの花をミニ―ヴォートリンにささげる)

 「当時30万人もの人口がいなかったから南京大虐殺はなかった」と石原元都知事や河村名古屋市長が繰り返し発言し有権者もその政治家を認めている、子どもの教科書から「南京大虐殺」の記述がどんどん小さくなる、日本とは一体どういう国なのか?

 日本軍の侵略が迫った時、アメリカ大使館からアメリカ人婦女子は南京から避難するように通達が出される。金陵女子大学の教師であり学校運営の責任者であったミニー・ヴォートリン(1886~1941.5)は、金陵女学院での職責を果たすため南京残留を決意し、同校に難民一万人以上の中国人女性を避難させ日本軍の暴虐から彼女らを守った。日記は南京で起きた事を毎日詳しく綴っている。ヴォートリンはこの時50歳であった

<日記の内容>

 1938年12月16日(木)

 「軍事的観点からすれば、南京攻略は日本軍にとっては勝利とみなせるかもしれないが、道徳律に照らして評価すれば、それは日本の敗北であり、国家の不名誉である。このことは将来中国との協力及び友好関係を長く阻害するだけでなく、現在南京に住んでいる人々の尊敬を永久に失う事になるであろう。今南京で起こっていることを日本の良識ある人々に知ってもらえさえしたらいいのだが」

 12月17日(金) 

 「彼女達の話では昨夜は恐ろしい一夜だったようで日本兵が何度となく家に押し入ってきたそうだ。(下は12歳の少女から上は60歳の女性までもが強姦された。夫たちは寝室から追い出され、銃剣で刺されそうになった妊婦もいる。日本の良識ある人々にここ何日も続いた恐怖の事実を知ってもらえたらいいのだが)

 12月24日(金) 

 「明日はクリスマス。師団の高級軍事顧問と会見する事になった。…ここの難民一万人の中から売春婦100人を選別させてもらいたいというのが日本側の要求であった。彼らの考えでは兵士が利用するための正規の認可慰安所を開設することができれば、何の罪もない慎みある女性にみだらな行為を働くことはなくなるだろう、というのだ。以後は女性を連行しない事を彼らが約束したので、物色を始めることを承知した。…かなりの時間が経過してから彼らはようやく21名を確保した。…大勢の少女がつぎつぎに私のところにやってきて残り79名は品行正しい少女の中から選ぶのか質問したが私としては、私が言って阻止できるのであれば、そういうことにはならないはずだと答えるのが精いっぱいだ。

 2月9日(水曜日) 

 「午後5時ころ大使館から帰宅する途中で2つの女性グループに出会った。最初のグループは2人の娘を連れて戻った母親だ。…彼女達は2日前に帰宅したものの耐えられなかったそうだ。兵士たちが頻繁にやってきては若い女性を物色したのでいつも隠れていなければならなかったそうだ。別の一人は私をひどく悲しませ落胆させた。彼女は南京の大きな大学で教師をしていた人の妻で学者一家の出身だった。…農村に避難したものの全財産を使い果たし、状況がどうであれ南京に戻るほかないと決心した。帰りの道で14歳の娘と14歳の姪は兵士を避けるために靴も靴下も脱いで原野を歩いた。だがそれにもかかわらず、城門を入ろうとした時に姪は3度、娘は1度強姦された。14歳の少女だと言うのに。時間の点について母親の頭は混乱していた。それほど絶え間なく苦難が続いたのだ。

 1939年2月2日(水)

 「今朝は薄暗くて寒い朝だったが沢山に飛行機が西北部に市と損壊をもたらした。…インディアナビルディングは、外側はそれほどひどく損傷はしていないが最上階の部屋は徹底的な略奪をこうむっていた。…中華路では最高級の建物の80%が焼けてしまったようだった・・・日本人軍人入場直後の数日間、火災はそれほど多くなかったが1週間とたたないうちに、計画的に略奪した上で放火するという方針が取られ何日間もそれが続けられた。…撤退する際中国軍は金銭を奪う以外はほとんど略奪を働かなかった。…日本軍はきわめてよく訓練されているから略奪や放火はしないと確信していた。…大平寺路では商店がほとんど軒並み焼かれてしまった。徹底的な略奪の証拠を隠蔽するためだ」

 3月7日(月)

 「メリーに会いに大学病院に出かけた。病院は悲劇でいっぱいだ。彼女の隣室には54歳の農民がいたが彼は、尼っこが、つまり女たちがどこにいるのか知らないと言ったばかりに両手両足を引っ張られた状態で木と木の間に吊るされ下から火をつけられた。一人の将校が彼をあわれに思ってくれたおかげで彼らは燃やす作業を途中でやめた。隣人たちは兵士が立ち去るまで待ちロープを切って彼を下ろし、キリスト教系のその病院に連れてきた、というのだ。

<吉川のコメント>

 貧困救済、女性の職業的自立を目指す活動を精力的に行ったヴォートリンはヨーロッパ大戦勃発、日本の侵略拡大の中で絶望的になり、南京事件の日々のトラウマで鬱状態に陥り日記も書けなくなった。関係者は彼女を帰国させた。1941年睡眠薬自殺を図り、1941年5月キリスト教伝道団秘書のアパートでガス自殺を図り自らの命を絶ってしまった。

 日本人であるなら、この日記を読んでほしい。彼女が見た南京大虐殺のリアルな内容を。アメリカ人として、宣教師として必死に中国人民を助けようとして及ばず自らを責めて病になった女性。日本人は南京陥落時にちょうちん行列で祝った、悔恨、慙愧の思いに駆られない日本人がいようか。

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