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2012年5月

2012年5月28日 (月)

市谷記念館(防衛省)を歴史博物館にー防衛省視察②

 5月23日(水)参議院協会視察の午後の日程は市ヶ谷の防衛省であった。戦争後の東京裁判でA級戦犯が裁かれた法廷や、昭和45年に三島由紀夫が防衛庁に乱入し割腹自殺したバルコニーが移設保存されている。

 現在の市ヶ谷の防衛省の大幅改築時に取り壊しも云々されたが、世論の要求が強く残された。 ここは1934(昭和9)年に陸軍士官学校の大講堂として作られ、1946年5月から1948年11月迄極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷として使われた。天皇の「玉座」は連合国側の裁判官が並んだ雛段と化し、東条英機等戦争犯罪人が裁かれた。

 1959年に米軍から返還されたの地は、陸上自衛隊東部方面総監、陸・海・空幹部学校として使用されたが、2000年に防衛庁が六本木から移転した。ITを多用した超近代的情報の本部(戦争を実践するための設備も)として膨大な国費をかけて建設・移転した。防衛省に昇格後今日に至っている。

 問題は、敷地の隅にある、この東京裁判の法廷としての貴重な建物を、今日、資料も展示せずに建物としてだけ保存していることはとてももったいない。負の遺産も国民に公表すつことが欧米の文明国では行われている。それを行わないのは、資料公開に消極的な歴代政府の姿勢の表れであろうが、日本が何故無謀な戦争に突入し、どのように裁かれたか、歴史資料館とし国民に公表するべきであろう。そのための恰好な建物である。

 私と一緒に視察した防衛庁出身の元議員の皆さんも資料を公開すべき、個人としても集めているが集めきれない等々と口々におっしゃっていた。国は当時の 重要外交文書、軍事文書をこうした建物を生かすためにも公開する時が来ている。そうした世論を高める責任が国民側にもあると痛感した。(写真は東京裁判風景)

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2012年5月25日 (金)

”ピースおおさか”の危機

 橋本大阪市長は子どもたちが近代史を学ぶ施設を大阪府市で設置する検討に入ったと報じられています。その言やよし、しかし展示内容については扶桑社や育鵬社版の歴史教科書に携わった有識者から助言を受けるということです。(5月11日朝日デジタル他)

 「慰安婦」の記述を歴史教科書から抹殺する運動とともに活動している両社。「大東亜戦争」などというポツダム宣言で否定された戦前思想・用語を掲げる教科書は多くの市民から批判されています。学校教育より広い社会教育として一般市民に影響を与える、反動思想の博物館を作ろうというのだとしたら、とんでもないことです。

 改編のやり玉に挙げられている”ピースおおさか”(大阪国際平和センター)は、アジア・太平洋戦争中の日本の加害行為の事実や写真も展示している珍しい歴史博物館です。私は見学して感銘を受けました。館職員によるとこれまでも右翼からの攻撃にも耐えて現代史を市民に知らせる展示を行い評価されてきたということです。

 大阪は、1945年8月15日に戦争終結の天皇のラジオ放送が行われる直前まで、アメリカのひどい空襲にさらされ大きな被害を受けました。こうした体験が平和への思いが大阪府民に強い所以でしょう。

 こうした戦争の惨禍を二度と体験しないために、”ピースおおさか”のような公的歴史博物館が日本の各地の自治体で設置してほしいと思います。

 ドイツでもフランスでもホロコーストに加担した自国の加害の事実は博物館としてあるいは建造物として多く残しています。日本も、「慰安婦」問題は解決済み、などとする歴史健忘症にかからないためにも事実をきちんと展示する歴史博物館が求められています。(吉川記)

2012年5月24日 (木)

消防研究センター、火災・孤独死と視察とジェンダー  参議院協会視察①

 5月23日(水)参議院協会(参議院議員を引退したOBで組織)は、三鷹市にある消防研究センターと市ヶ谷の防衛省を視察しました。

 消防研究センターは歌舞伎町火災の原因究明や、新潟県の災害では直前、つまり地震前に撮影した地形の写真がユウタ君救出の成果につながりました。阪神淡路大震災の教訓を蓄積・研究し、東日本大震災でも大活躍しました。

 少し前に子どもがライターをいたずらして火に包まれて命を落とす痛ましい事件が多発しましたが、この研究所の女性研究員がこの事故を防ぐための安全なライターを開発し今売られています。4~8歳の男の子は活発で動き回り、女の子はじっとしている。4歳の子はライターで火をつける知恵はあっても逃げられない、子どもの特質を知り距離が近い女性ならではの発想です。

 しかし26名中女性研究者は2名しかいないのです。男女共同参画推進のおひざ元がこれでいいのでしょうか。

 また、火災で一番亡くなりやすい人は誰か?それは50代でリストらに会い一人暮らしの男性だそうです。「火事で高齢者や小さい子どもを守らなくては、と考えたがしかし50代男性を守らなくてはならないという発想はなかった」、という事です。働き盛りと考えられる年齢の人に潜む深い孤独、火災に潜むジェンダー問題と言えましょう。

 ところで、こんなに重要な仕事をしているこの研究所は研究者・職員は26名しかいません。世界的に日本の防災研究は高く評価されているし、課題が多いのに。「あまりにも少ない。少なくとも10倍の人員がいてもいい」と参加者が口々に質問・意見を出しました。所長はわが意を得たりの表情でした…

 しかしこうした公務員減らしに強く反対してきた私は、「公務員の定数削減を皆さんおっしゃったではありませんか」と現役時代を思い出して元同僚議員に一矢報いました。江戸の敵を長崎で撃つ、心境になったわけです。

 元自民党議員は「そうはいっても減らしていい所とそうでない所があるだろう」と。ごもっとも。しかし今ころ気がついても遅いのです。公務員の定数削減は自民党時代も、今の民主党も声高に叫んでいます。それを言えば国民の支持が上がる所に深刻な問題があります。

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写真は消防研究センター建物と、敷地の中の「鎌倉への道」で所長から説明を受ける一行(近くの深大寺公園は新緑が美しく、お蕎麦がおいしい、お勧めの散歩コース)

 

2012年5月22日 (火)

ノンフィクション・ステージ―哀しみの南京ー

 5月21日(月)埼玉市民会館おおみや(小ホール)で、渡辺吉治、横井量子夫妻の演出・出演による、南京大虐殺、日本人の加害をテーマにした舞台、「地獄のDECEMBER(12月)―哀しみの南京―」が上演されました。これはお二人の負っている戦争責任意識の舞台化です。

 お二人は団塊の世代に属する方ですがそれぞれの父親があの戦争に深くかかわりました。渡辺氏の父親は中国人虐殺の南京事件や、満州からの引き上げ(将校は真っ先に引き上げ、途中に鉄道・橋梁を爆破して、満州奥地からの遅れて引き揚げた満蒙開拓団の多くの命を奪う原因を作った)。にかかわり、中国人だけでなく日本の同胞も見捨てたました。自分と家族は9月2日には日本に無事引き揚げました。渡辺氏はその息子であるトラウマ負っています。戦後一家は崩壊、母親はうつ病の末に自殺します。

 横井氏の父親は兵士に日常雑貨を納める商売で大儲けした御用商人『死の商人」です。「戦争に敗けなんだら…楽して…儲けて」と子どもの頃の父の言葉を聞かされました。その父が目黒輜重(しちょう)として南京に出兵していた事を後に知ったということです。

 演じる俳優は2人、舞台装置はシンプル。音楽と擬製音、当時の放送等で他のものはなく、朗読が当時の歴史と南京大虐殺の悲劇を観客に知らせるという手法です。

 芸術を楽しむ、との思いで見るとあてが外れるかもしれません。政党の演説会を多数経験している私には、襟を正して講演を聞く(内容は分かりやすい)、という印象でした。

 加害意識の少ない日本人に、父親の加害に子どもとしてこれだけ良心をさいなまれる人がいることは驚きであり、貴重な気がしました。次回の八王子後援で100回を迎えるそうですが、これまでアメリカなど海外公演も成功させている由で、長く続けることは並大抵の苦労ではなかった事でしょう。日本人よ、中国人民を如何に苦しめたか、加害意識を持ってください、と訴える演劇でした。Photo

2012年5月20日 (日)

埼玉県行田市「行田・9条の会」で「慰安婦問題の真実、の講演

 5月19日(土)

 埼玉県行田市9条の会」総会・記念講演が行われました。総会では大島事務局長が201年の活動報告を行いました。「9の日」宣伝、熊谷空襲戦災めぐり、行田戦争展に参加、定期的ニュース発行等ですが、注目は戦争を美化する風潮に抗して「近現代史」教室を5回から14回まで開いている事です。

 今年の活動方針では、自民党等改憲派の憲法改正提案、「秘密保全法」提出の動き、衆議院比例定数削減の動きが強まる中、侵略s年創美化・歴史の反動が強まっているので、会員を増やし交流を深め、憲法9条を守る運動に多くの市民に参加してもらう工夫をする事としています。このような地域の地道な運動が日本の方向を誤らせないことにつながるのではなっかと感銘を受けました。

 吉川の「慰安婦」問題の講演は70分、続いて会場からの質問意見が40分行われました。

 「日本人「慰安婦」は多数いるのか。「ナヌムの家」でかつての慰安所の再現する部屋を見て衝撃を受けた、韓国では子どもに日本植民地時代の歴史を熱心に教えているが日本では全く教えない、将来どうなるのか等の質問意見が出されました。

 又一人の女性から、かつて朝鮮半島出身の夫を持つ新婦人のから、「人を集めて自分の体験を聞いてもらう場を作って」ほしいと言われた。しかし結局本人が多くの人には恥ずかしくて語れない、と断ってきた。その時も残念だったが、今日の話を聞いてかのジャがどんな気持ちでいたのかと思い、「慰安婦」は身近にいつと言う気がした、と話されました

 終了後JR鴻巣駅に出る途中、かつての選挙区の街並みや古墳群等を案内してもらいました。

写真は前方後円墳、等と、行田の街の忍城のレプリカ

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2012年5月17日 (木)

議員定数80削減問題で坂本弁護士の講演聞く―女性9条の会

5月17日(木)

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 上・講演する坂本修弁護士、下・坂本弁護士の自費出版のブックレット350円(ちなみに私吉川春子も寄稿しています、ご一読を)

 「女性9条の会」主催で、千駄ヶ谷の津田塾ホールで『議員定数削減と選挙制度」の学習会がありました。講演は坂本修弁護士です。今民主党は衆議院の比例代表選挙区の定数を現状から80議席減らそうと躍起になっています。しかし、その結果もたらされるものは少数政党と女性議員の淘汰、つまり多様な意見の反映をしにくい国会にしようと言う、民主主義否定の論理です。この問題にまさに残りの生涯をかけて反対運動に取り組みをしているのが坂本弁護士です。

  そもそも、今の選挙制度も相当民意を反映しにくいものです。第1党のみが得票数よりずっと多い議席を獲得できるという不公平な選挙制度です。小選挙区制は1994年「政治改革」と称して導入されました。一旦は参議院で否決した法律を、クーデター的によみがえらせたのは当時の土井議長と、河野自民党総裁、そして、中心人物は小澤一郎氏でした。

 小選挙区になってから 国会議員の質が落ちたと、感じるのは私だけではないらしく、最近国会では、元の中選挙区制に戻そうと、超党派の「中選挙区議連」が結成されて活動が活発化しています。

 ジェンダー平等実現に立ちふさがる小選挙区制、そして比例定数削減。これを阻む事に成功するカギは女性がその気になるかどうかにかかっています。

 女性の政治参加の促進、女性国会議員を増やすために(日本の女性衆議院議員の比率は世界121位!という低さ)、選挙制度に目をむけましょう。女性が当選しやすい比例区を、80議席も減らそうとする暴挙に反対しましょう。(吉川春子記) 

 

2012年5月14日 (月)

第6回ゼミナールの感想

 る4月22日(日)に行われた第6回「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナールのアンケートに寄せられた感想文です。

 当日は、「日本と日本人の加害責任を考える」をテーマに、吉川春子さんの「日本では加害はどう意識されているのか」に続いてドキュメンタリー映画「終わらない戦争」の視聴、大森典子弁護士の「日本の果たすべきこと」についての講演、さらにそれらを踏まえて参加者全員が熱心に討議しあうなど、充実した3時間があっという間に過ぎました。

 感想文からも、その様子が伺えます。

1講演 「日本で加害はどう意識されているか」

・非常に理解しやすい映像つきの講演、さすが吉川さんです。

・日本がどうして加害と向き合ってこなかったのか。この大きなテーマを 

 考える素材をもらいました。

・日本の加害意識は低い。日本は近代国家を成立させるために常にアジア

 を踏みにじってきた。今後は日本がアジアに踏みにじられる番だ。

・公的な加害の博物館をぜひ作りたい。

2映画「終わらない戦争」

・ぜひ広く福岡でも見るようにしたい。 

・教師の方はDVDが無料でもらえることをつたえてほしい。

・悲惨さが強く感じた。

・映画を見る席作りをしてほしかった。字幕が見にくく残念だった。

・私にとっては、あたらしい事実はほとんどなかったけれど、改めて胸にせまるものがあった。特に日本の兵士の子どもを生み育てた女性の苦しみ、その子ども自身の人生を考えると、申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。(直接証言を聞いたことがある)

3講演「日本の果たすべきこと」大森典子さん

・少し腰がひけたがよい企画だと思う。

・力強いお話だった。あきらめずにやっていきたい。

・今の現状(日韓・「慰安婦」問題)について非常にわかり易い説明だった。 マスコミを含めて世論を高めること、日本人「慰安婦」が名乗れないこと。

・現状を打開するのは、人々の力だと思う。誰かがやってくれるのではなく、主権者である私たちの責任です。加害の問題を明らかにして、国として事実を認め、謝罪し、補償することは日本を変える闘いです。女性の問題は裏返せば男性の問題であり、両性が人間らしく生きていく問題だと思っています。女性を二種類にわけるという考え方とたたかいたい。4グループディスカッション

・時間が短いのは仕方ないとしても話を言い放しになってしまったのは残

 念。

・加害行為を伝えることの大切さ、謝罪することで、日本が開放されるこ

 とを知るべき。6人の参加者がそれぞれ前向きで今後何かを伝える人に

 なろう。集会を呼びかける。

・今日は4人とちょうどよい規模で、皆さんのお話をよく伺え、また自分の考えもまとめられた。

4今後とりあげたいことなど

・ドイツと比べて日本は・・・ということがよく言われるが、ドイツの「過去の克服」はそんなに簡単な経過をたどったわけではない。望田幸男さんの「ナチスの国の過去と現在」は良い本だと思います。ぜひこのテーマをとりあげてもらいたい。

・「慰安婦」問題を世論にするためにはどうすればいいか。世論が議員を動かし政府を動かすのに。まだまだ世論に程遠い。逆風のほうが大きい。

・高橋哲哉さんの話は昨日アリラン文化センターで聞き、とてもよかった。私とコリア、戦争責任論、国家は棄民、騙し、差別するということをわかり易く話された。・田の日本の加害も平等に告発してほしい。

【討論での意見(付箋)】

・戦争責任を天皇がとらなかった。以来水俣でも、福島でも責任がとられ

 ない。

・日本軍『慰安婦』問題の1日も早い解決を求めて市議会に、国に意見書提出を求めて運動を進めている。

・学習が大事。おおきく広げて運動を大きくしなければなりません。学習をすれば運動は強くなる。

・日本の加害責任を語ることの大切さを話した。映画に出た韓国人の方の「慰安婦」の問題を日本人が解決することは日本人が開放することになるという言葉を心に刻みました。

・性奴隷の事実は差別意識がさせたもの。すべての差別につながる。男女差別、老人差別、障害者差別をなくすためにも、みんなが幸せになる根本問題とおもう。話し合いの中で「責任をとらない日本人」なるほどと思った。戦争責任と原発責任と人権意識。人権というものをしっかり身につけていないからかと思う。やはり教育が大事なのだと思う。映画は悲しすぎる。もっともっと学ばねばと思った。

・吉川さんを中心にとてもわかりやすいお話でとても良かったです。

・人間としての第1の尊厳を踏みにじられた「慰安婦」問題。これを解決しない限り日本は世界からは信頼されないだろう。

・「終わらない戦争」をたくさんの人にみてもらう運動をしていかなけれ

 ばと思う。

・ものすごい迫力の映画だった。出来るだけ大勢の方がたに見ていただき

 たい。

・日本人全体の中に被害については多く語りつがれているけど、加害については自虐史観などという攻撃もあって、本当に口をつぐんでいる。ドイツのようにきちんとした態度をとって堂々とした日本にしたい。結局天皇制がドイツのようにできなかった理由だと思うが。

・「慰安婦」問題は気が重い。まず見てもらうことが大切。市議会レベル

 で見てもらったら。生の声の強さ

・日本国及び日本人の近現代史における罪責は「慰安婦」の問題だけではない。数多ある罪責があり、いづれも重く、補償が伴わなければならない・

・「慰安婦」制度は女性の人権を認めてない証拠。「慰安所」へ通わざるを得ないほど、こころがすさむのが戦争なのだ。

・日本がなぜ加害をあいまいにしてこられたのか。そのことを明らかにすることは、今の日本を理解しこれからの日本をどのように作っていったらいいのかを明らかにすることにつながるよ。これからも続けていきたい。

・「慰安婦」問題をハルモ二たちが生きていらっしゃる間に、解決へふみださなくては行けない、その思いを強くした。ハルモニたちには時間が残されていない。それは私たち日本人にとっても同じなんだと胸に刻んだ。

・加害責任を認めることの大切さを思い知った。

・笠原先生の話、戦場での残虐行為をした兵士が帰国後、良き父親、夫である男たちの話をもっと掘り下げてききたい

・国では良いお父さん、おにいさんだったのに。どうしてだかよくわか

 った。

・映画のナレーションが一言、一言大変説得力があった。多くの人に見せ

 たい映画。

・加害だけでなく、日本は被害も反省していないのでは。戦争をやったことを反省していない。ドイツとの違いが残念だ。

・戦争の罪を忘れてはならない。身近な生活の中でこのことを深めなけれ

 ばいけない。

・アジアの各地で日本兵があまりにひどい行為を繰り広げた事実が、日本人に知らされていない。この加害の事実をどう広めていくか。知らせたくないという勢力との戦いをどう強めていけばよいのか。

・加害の事実を教えることなくしては日本が世界の中で生き延びる道はな

 い。

・歴史の事実を「慰安婦」被害者の方々が生きておられるうちに、私たち日本人はききとらなくてはいけないのに! 今の日本の社会、政治的動向は、ますます隠蔽が強まっていくのを、どううちやぶっていけるか。若いひとたちにこの映画をみてもらえばと強く思う。

・「慰安婦」問題について今日に映画を見て改めて傷の深さを思った。自分がもっと知る必要があること、そしてまた友人に知らせてゆくことが大切だと強く思わされた。

・韓国憲法裁判所決定を重んじ、日本政府は二国間協定に応じ、今こそ真の解決をすること。被害者自身の納得する謝罪と賠償をすること・

・映画について。見るまでは気が重い。見るまではハードルが高い、事実の重さ、原点であることの認識。

・性に対する考えかたが日本では間違っている。性について楽しむ性という考え方がない。「日本人はけだものだ」という言葉にあらわれている。もっとも人間らしいことに対して、人間を貶める行為だ。人間らしさをうばうものである。対等な人間関係ではない。

・市議会で若い議員に映画を見てもらった。感想は本当だろうと思ったと

 いう。

 若い人はネットを見るので工夫したい。

・過去を隠そうとする動き。当時は「聖戦」の名のもとに隠されていた。「慰安婦」問題は原点である。教科書問題とともに、映画をみてもらいしらせていこう。

2012年5月13日 (日)

大宮革新懇で「慰安婦問題の早期解決を」の講演会

5月11日(土)

 埼玉県さいたま市で「革新を語る大宮市民の会」(大宮革新懇)の総会に続いて吉川春子元参議院議員の「慰安婦」問題の講演を行いました。会場はJR大宮駅から5分、ソニックシティの隣にある近代的な建物のシーノセンタープラザ6階桜木公民館和室です。

 講演の内容は、戦後46年にして多くの国民が初めて知った日本軍「慰安婦」問題とは何か、なぜこの制度がもうけられたのか、発覚以来の日本政府の責任を取らない姿勢に対する国際社会からの批判、韓国憲法裁判所「決定」で大きな山場を迎えている今日、問題解決のチャンス、「慰安婦」問題解決のため私達は何をすべきか等についてパワーポインントで話しました。

 会場は男性の姿が目立ち、女性団体主催の講演とは一味違う雰囲気で、質問も多く出ました。「初めて知った、まったくこんな問題があるとは知らなかった」という驚きの声と、今年5月5日韓国の「戦争と女性の人権博物館」のオープニングに参加し資料を吉川に届けてくださった方もいました。

 これまでに埼玉県で国へ意見書をあげた議会は、ふじみ野市と宮代町の2つですが6月議会に向けて飯能市議会に意見書提出の請願を採択させるためAALA(アジア・アフリカ連帯会議)等市民団体が頑張っています。「意見書」をあげる理由が今日の講演でよくわかった、という感想も寄せられました。

2012年5月12日 (土)

「慰安婦」問題の視点でめぐるポーランド・ドイツ10日間、勉強会

5月11日(金)

写真上から、ヴィラノフ宮殿、ワルシャワ蜂起記念碑、アウシュビッツビルケナウ(ユダヤ人は貨車で運ばれガス室へ)、ゲシュタボに連行されるゾフィーショル・(映画「白バラの祈り」ジャケットより)

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 9月の旅の準備として事前学習会を開きました。この日は福岡、名古屋、静岡等と東京、神奈川から21名が参加しました。

 富士ツーリストの西山譲社長からは旅行日程に沿った各都市、博物館の見どころなどの説明と共に、20人で飛行機の座席は確保している。現在のところ未だ数人は席があること、燃料チャージは一人5~6万円が旅行費用に上乗せされるが為替レートの関係で7月頃はっきりすることなどが報告されました。

 講演ではまず、大森典子弁護士から、第2次大戦の二つの侵略国・加害国として比較されるドイツと日本ですが、中国、韓国、東南アジアでの日本の加害の具体的な事実を日本国民が共有しているか、という点について、自分が60年代に教科書裁判に携わった経験、中国人慰安婦の代理人として法廷の闘いの経験から話しました

 そしてドイツで見たい事は、加害を国民共通の財産としてどのように保存されているか追悼施設、記念碑等国民が忘れないようにする取り組み、教育で加害の歴史をどう教えているか、またドイツ在住のジャーナリストとの懇談で深めたいとのべました。

 続いて吉川元参議院議員は、放射線物質の発見者キュリー夫人やピアノの詩人ショパン、哲学者コぺルニクス等偉人を生んだ国。3回も世界地図から消えた苦難の国への思いを語りました。世界中の国が多くの死者出した第2次大戦で、中でも人口比で最も多い18%の死者を出し、ユダヤ人が300万人も犠牲になったポーランドはしかし、ゲットー蜂起、ワルシャワ蜂起で国民が勇敢にたたかい座して死を待つ姿勢ではなかったと、アンジェイ・ワイダ監督映画を例に語りました。

 ヒトラー打倒を掲げた「白バラ運動」や、地下レジスタンスで銃殺された著名な歴史学者マルク・ブロック等ナチスと戦った人々を紹介しました。なぜ、ゲーテやベートーベン、バッハを生んだ国がヒトラーの蛮行を許したのか、多くのドイツ人が沈黙したのか、を解明する旅にしたいと結びました。

2012年5月 6日 (日)

「アンネの日記」と「夜と霧」~極限状況に希望を捨てず生きる

5月6日(日)

写真上・心洗われる早春の信州の山並み、 写真中・永遠のベストセラー「夜と霧」

写真下・青春のみずみずしい心描く 「アンネの日記」

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 13歳のアンネがヒトラーのユダヤ人絶滅政策を逃れるため両親と姉と一緒にアムステルダムの隠れ家で暮らす。誕生日にもらった日記帳に生活の様子や少女らしい将来の夢を語る。この本を買ったのは私が高校生の頃だから半世紀も前か。

 「夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記集」(V.Eフランクル)、あまりにも有名な本なので買いはしたが読んだ事もなく何十年も自分の書棚にあったが、この夏のポーランド.ドイツ旅行を機に開いて見た。彼は囚われた時、30代という体力・知力の最も充実し 医者でもあった上に、いくつもの偶然の奇跡に救われて生還した。

 この本は、ナチスがどんなに凶暴に人民を弾圧したか描かれている。日本人として読む場合、日本の軍隊もまた、ナチスに劣らぬ凶暴さで中国やアジア人民を苦しめた事を想像して読み取る事が必要だと思う。ナチスの凶暴振りは知っていても日本兵、すなわち私達の父、祖父にあたる年代の男性はそんな事をするはずがないと漠然と考えている人が多いのではないか。 ドイツと日本の違いはどこにあるのか。彼国では戦争犯罪として処罰されたが、日本の裁判所は一人も処罰していない。彼らは平和で繁栄した戦後社会で平穏に暮らしした、という事である。

 日本とは?戦争とは?について考えるよすがになることを期待しつつ、ヨーロッパに行ってみたい(Y)

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