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2012年4月

2012年4月28日 (土)

一見の価値ある「ピースおおさか」~加害も展示の歴史博物館

 4月26日(木)

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写真上・パターン死の行進、中・シンガポール受難の塔、 下・中国 平頂山事件

 大阪教育大学の馬暁華準教授に案内されて、加藤さん(会員)と一緒に、新緑が美しい大阪城公園内の「ピースおおさか」を見学しました。日本の加害も包み隠さず展示する珍しい歴史博物館です。

 大阪は何度も空襲に襲われ、特に8月14日大阪城公園一帯は米軍の空襲で徹底的に破壊しつくされました。もう数時間で戦争が終わるというのに命を落とした人が大勢でました。 展示と上映される映画からは平和の大切さ、有難さが伝わってきます。

 特に感動したのは、中国、朝鮮、そして東南アジアで日本が現地の人民に何をしたのか、残虐行為を含めて展示されている事です。平頂山事件、朝鮮独立の3.1運動、泰緬鉄道、死の行進等の生々しい写真がパネルで展示されています。

 この博物館は1991年大阪の革新勢力が勢いのあるときに会館されましたが、いま橋本市長の下で大変な事態になっています。「学識経験者」にこの会館は必要か否か検討させて否という結論が出たらつぶそうとしています。こうした博物館は学校教育にも社会教育の場としても貴重です。

 「慰安婦」問題で明らかなように、政府は加害に反省がありません。公的歴史博物館は日本人の苦労話は熱心に語るがアジア諸国民に何をしたかは語られないのです。真の友好関係を築くためにもこうした歴史博物館をもっと増やさなければなりません。つぶすなんてもってのほかです

2012年4月24日 (火)

ポーランド・ドイツの旅、事前学習会

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4月24日(火)

 9月3日(月)から12日(水)迄、初秋のヨーロッパをめぐる旅を計画しています。なぜポーランドと、ドイツなの?それは美しいヨーロッパの街を回りながら、日本の歴史と向き合おうという趣向です。旅のゆくことを決めている方はもちろん、考慮中の方も、興味はあるが都合がつかない方も自由にご参加ください。

 第2次大戦中ドイツは、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を引き起こし、非難ごうごう浴びた国なのに今、どうしてヨーロッパで存在感があるのでしょう。

 日本はドイツに負けず劣らず中国はじめアジアを侵略して残虐行為を働きました。ドイツと違うのは今なお、韓国はじめアジア諸国から好意をもって見られない事です。なぜ真の友達がいない国なんて言われるのでしょう。

 ポーランド人民はなぜ大国ドイツやソ連と勇敢にたたかったのでしょう。いろいろご一緒に考えませんか。

 旅行社の(㈱)富士ツーリストからは社長の西山さんが、ゆく先々の都市や博物館、美術館のくわしい説明をします。

日時:2012年5月11日(金)午後2時より4時半まで

場所:東京文京シビックセンター5階会議室B

交通:地下鉄丸ノ内線、南北線 後楽園駅(5番出口)徒歩1分

都営地下鉄三田線、大江戸線(文京シビックセンター連絡口)

JR総武線 水道橋駅東口徒歩9分

<内容>

①ドイツ、ポーランド旅行の意義-弁護士・大森典子

②ナチスと戦った人々(ワルシャワ蜂起、白バラ運動)-元参議院議員・吉川春子

③訪問都市と博物館についてー(㈱)富士ツーリスト社長・西山譲

(写真は上・アウシュビッツ入口、下・クラクフ中央市場)

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2012年4月23日 (月)

第6回「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナール開く

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 八重桜は満開なのに、肌寒いような4月22日(日)午後、東京文京シビックホールで私達の今年初めてのぜミナールを開きました。参加者h44名と少なめでしたが、内容はこれまでにも増して充実していました。新規会員が5名入会しました。

 初めに吉川春子のパワーポイントを使った「日本では加害はどう意識されているか」の問題提起があり、続いて『終わらない戦争』が上映されました。そして7つの小グループに分かれてグループディスカッションを行いました。最後にまとめとして森典子弁護士から「日本は何をなすべきかについて講演、参加者全員の名において政府の申し入れを行う事が提起され拍手で了解されました。申し入れ文書は後日まとめて発表します。

<グループディスカッションの各グループからの報告>

①元看護婦さんは兵士が慰安所に行くときに「突撃一番」(コンドーム)を渡すことが仕事の一だった体験が話された。『終わりなき戦争』を3回上映したが、見た人からこのような反日映画を何故上映するのかという声もあった。

②この映画を若い市議会議員に診てもらった。エおがを見て自分の考えがぐらつく思いがしたという反応があり、性の問題、女性の人権問題に話を広げないと、と思った

③加害責任をどう考えるか。看護師として元兵士を末期がんでみとったが「許してくれ」と苦しい気の中うわごとを言った。兵士は加害者でもあり被害者でもある。

④教師として若い方々に「慰安婦」問題を教えてゆく必要を思った

⑤全員がこのゼミナールには初参加である。「どうして謝っても許してもらえないのか」という声あるが、総理が謝罪しても議員が次々否定する発言がある。これで日本がどうして謝罪したなどと言えるか。高校教師だが、教育で自分は取り上げてこなかった。

⑥「慰安婦」問題を解決する事で日本も解放される」と映画の中で語っていたが(尹・ジョンオク女史・吉川注)同感。運動が東京大空襲被害を語るだけになっているが朝鮮人が多く殺された事等の取り上げてゆきたい。

⑦ドイツと日本の違いは学校でも扱えない。日本を悪くいる、とタブー視されている。紙芝居がおこなわれているが子どもには内容が難しい。噛み砕いて扱うような時間がほしい。東京の教研でもこの映画を上映したい。

2012年4月17日 (火)

”「慰安婦」の視点でめぐるドイツポーランドの旅”はいかがですか

 初秋のヨーロッパ、東欧のポーランド、そして学問・文化の先進国ドイツの美しい街並みを巡りえながら、日本の歴史を考える旅です。

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2012年4月16日 (月)

AALA西東京で日本軍「慰安婦」問題で講演

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 4月15日(日)、解決が急がれる、日本軍「慰安婦」問題を考える、と題して講演会が開かれました。主催団体はAALA(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)、会場は西武新宿線田無駅に近い、コール田無会議室です。

 吉川春子(「慰安婦問題とジェンダー平等委員会代表世話人)の講演に先立って後藤ひろみさん(同会事務局次長)による紙芝居が行われました。紙芝居やパワーポイントを使って講演に内容が分かりやすかった、この問題を一刻も早く解決しなければならない、と感想がの 寄せられました。

 西東京市は2010年に、「慰安婦」問題解決の求める意見書を国に挙げる請願を採択しています。慰安婦問題のついては先進的な取り組みが行われている地域です。

2012年4月13日 (金)

第6回「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナール、へのお誘い

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日時:2012年4月22日(日)13:00~16:40

場所:文京区シビックセンター4階 シルバーホール

交通:地下鉄 丸ノ内線後楽園駅(4a、5番出口)、南北線後楽園駅(5番出口)徒歩1分

    都営地下鉄三田線・大江戸線(文京シビックセンター連絡口)

    JR総武線水道橋駅徒歩9分

参加費:千円、関心のある方はどなたもご参加できます。事前予約は必要ありません。

テーマ:日本と日本人の加害責任を考える~映画「終わらない戦争」がつきつけるもの

・映画「終わらない戦争」鑑賞後、全員参加のグループディスカッションを行います

・日本では加害はどう認識されているか 元・参議院議員 吉川春子

・日本のなすべき事             弁護士 大森典子

2012年4月12日 (木)

京都で日本の加害について考えるフォーラム

 4月10日、京都御所近くのハートピア京都で、東アジア近代史における「記憶と記念」 と題して日文研フォーラムが開かれました。発表者は都珍淳・昌原大学校教授と、馬暁華大阪教育大学準教授です。二人に共通していたことは日本には自国の被害の認識はあるが他国の被害の認識はない、という点です。

 馬暁華先生は、日本と中国の博物館を多数見てあるいて興味深い分析をしていました。日本の博物館を4つに分類し、戦争のない国立歴史民族博物館(千葉)、戦争について断片化(沖縄、知覧、広島)、未来志向(空襲、平和体験、反戦型)、戦争正当化(靖国神社・「遊就館」)、加害をどう導入するかが課題であると指摘しました。九段の国立博物館の「昭和」では国民の苦労の展示のみとも指摘しました。

 都珍淳先生は司馬遼太郎が「21世紀を生きる君達へ」では、「他民族へのいたわり」を強調しているが、彼の「坂の上の雲」は明治時代の一方的な賞賛であり、「他民族へのいたわり」と矛盾するのではないかと指摘、この本が国民的な人気を博している点への懸念とも受け取れました。

 また都先生は、中国について「中国が記憶しようとするものは、自国がこうむった侵略と被害である。自国の帝国的欲望は記憶から排除している。例として当時の弱者であった朝鮮についてもっともよく表れている。…この愛国主義は明治時代の日本の愛国主義を髣髴させる」としています。

 日本の植民地、あるいは半植民地として苦労した中国、韓国の若い学者の研究には教えられる点が多々ありました。日本人として彼国の苦難の歴史に日本人として寄り添って、反省して21世紀を生きる覚悟が必要ではないかと思います。

 「慰安婦」問題は加害の一例ですが、今韓国から突き付けられている問題を日本政府は真摯に受け止めようとしていません。アジアの人たちへの加害と真剣に向き合う日本・日本人でなければならないのではないでしょうか(写真はフォーラム会場近く、御所の桜の下で)

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2012年4月 5日 (木)

ナヌムの家に行ってきました

 2月末と3月中旬、吉川春子、宮崎信恵、棚橋昌代の3人は韓国の「ナヌムの家」でハルモニ(おばあさん)達のインタビューをしてきました。ここには過酷な生活を強いられた元「慰安婦」達が共同生活をしています。私達の滞在中に大型バス2台で大学1年生が先生とともにやってきました。ハルモニ達の話を熱心にメモもを取りながら聞いていました。ここは日本植民地時代に朝鮮半島はどんな目にあったかという歴史を次世代に教える場となっています。 

イ・オクソンさん(1928年生れ)は片言の日本語をはなします。それは「慰安所」で日本語を強制され、朝鮮の言葉を話すと罰金を取られた経験からです。
 「日本の人からお金を稼ぎに行ったとか、自分から進んで「慰安所」にいったといわれる事が口惜しい。少女達はお金をもらっていない。お金を稼いだのは日本だ。恥ずかしいからと証言しないハルモニがいるが、日本から謝罪を受けるためには自分達の体験を話さなければならない」
と、次のように語ってくれました。

「釜山で生まれたが、金が無いので7歳から15歳まで学校に行けなかった。悲しくて泣いて暮らした。自分が連れ去られた1942729日という日は絶対に忘れない。汽車とトラックを何度も乗り継ぎ、韓国南東部の蔚山(うるさん)から貨物列車で中国東北地方の延吉(よんぎる)へ連れてゆかれ、そこで飛行場の草むしりなど重労働をさせられた。拒否すると同市内の「慰安所」に入れられ3年間「慰安婦」をさせられた。「慰安所」がどんなひどい所かというと、勉強させるところではなく少女を殺すところ。生きて帰った人は少ない。飛行場で働いた時は汚い服だったが、「慰安婦」になったら新しい服をくれた。服の金は稼いで返せ」と言われた。「どうやって返すのか」と聞くとまた殴られた。日本兵に刀で切りつけられ、殴られ耳にも障害が残り、歯も抜けた。11歳から15歳の少女に兵士達の接待をせよといい、接待できないと殺される。自分は15歳だから何もわからなかった。その無念さは計り知れない(こう話した時ハルモニは涙をぬぐった)。少女が死んでも日本兵は埋葬してくれない。死体を大通りに捨てて犬の餌にした。娘をこんな扱いされた韓国の親の事を思うとたまらない。兵士たちは立派な食事だが少女たちの食べ物は動物の餌のようだった。「ナヌムの家」の食事はいい。終戦後も中国で58年間生活して2000年にやっと帰国できた」

1991年以来234人の「慰安婦」が韓国政府に申告・登録されていましたが、生存者は61名になってしまいました。多くは病気がちで証言に飛び歩くことはもうできません。一日も早い謝罪補償を実現しなくてはなりません。

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居間でハルモニ達と歓談する

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大学生達と交流するハルモニ達

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